Ⅰ 地裁判決

事件 平成18年(ワ)第503号

原告:センターワンホテル半田経営の株式会社
被告:愛知県(建築確認事務を行った建築主事が属す)
被告:総研(本件ホテルの経営指導)
場所:愛知県半田市
建物
構造:鉄筋コンクリート造10階建
面積:2,484.15㎡
高さ:28.7m
客室:126室

「概要」
本裁判はいわゆる姉歯建築士の耐震偽装事件のホテル版である。
構造設計を 担当した姉歯元一級建築士が耐震強度を偽装していたことで本件建築物の耐震性が法定基準を満たしていないことが発覚し、本件ホテルを建て 替えざるを得なくなった。
①愛知県の建築主事おいては、建築確認に関する事務 を適正に遂行し、違法建築物の出現を未然に防いで建築主に不測の損害を被らせないようにすべ き注意義務があるのにこれを怠り、重大な法令違反がある建築確認申請に対して建築確認をした こと、
②被告総研において、経営コンサルタントとして建設業者及び設計業者を適切に指導監督し、違 法建築物の設計及び施工を防止すべき注意義務があったにもかかわらずこれを怠ったこと、
③被告総研の代表取締役である被告Aにおいて、違法建築の設計及び施工を防止する注意義務を怠ったとし て、
愛知県に対しては国家賠償法1条1項、総研に対しては不法行為に基づく損害賠償として、連帯 して5億1,575万円余を求めるなどした事案である。

「前提事実」
1 被告県による本件構造計算の検証(偽装内容)

・構造計算使用プログラムは、大臣認定プログラムSuperBuild/SS1-改訂版
検証① 姉歯建築士が入力した入力条件(本件電算出力部分の1~16頁の入力データリスト記載)をそのまま入力したところ、本件構造計算書に表示されるものと異なる計算結果となった。すなわち、本件構造計算書の計算結果は、ワーニングメッセージが1個表出されているものの、エラーメッセージは表出されていなかったが、検証①による計算の結果、「設計応力が許容耐力を超えているRC部材(柱)がある。」など5個のエラーメッセージが表出された。これは、本件構造計算書において耐震強度が偽装されたことを表すものである。
検証② 検証②は、検証①の結果、本件構造計算においては本件設計ルートを採用できないことが明らかになったため、本来採用すべき設計ルートであるルート3を採用し、設計者と同様の立場で、入力条件を設定し、工学的判断を行い、技術的慣行を選択するなどし、改めて構造計算を行ったものである。
その結果、本件構造設計は、上記条件設定・判断・選択が如何なる場合であっても、建築基準法施行令81条1項1号の許容応力度等計算に関して法令(施行令82条及び下部法令)で定める数値に達しないものであり、建築物の材料強度によって算出される各階の有している保有水平耐力(Qu)が同施行令82条の4により必要とされる必要保有水平耐力(Qun)に足りず、本件建物が構造耐力の点で建築基準法20条の規則に反するものであることが判明した。

2 被告県による検証結果
場所 耐震強度(Qu/Qun)
桁行方向 2階壁 0.64
梁間方向 1階柱 1.14
(梁間方向 6階梁) (0.42)

梁間方向の()内の数値について「耐震壁の構造的な評価の考え方の違いによるもの」と注記されている。すなわち、梁間方向の「1.14」は、本件建物の2階から10階までの耐震壁(以下耐震壁という。)を1枚と評価した場合に最少となる1階柱の数値であり、「0.42」は本件耐震壁を2枚と評価した場合の6階梁の数値である。

3 本件構造設計の問題点
①本件耐震壁のモデル化及び境界梁の設計

本件構造設計は、本件構造計算に際して、本件耐震壁を開口部(開口比率は0.4以下)が存在するにもかかわらず1枚の壁としてモデル化しており、また、耐震壁に接続する梁(境界梁)を配置しない設計としている。

②ピロティ型式に関する耐震設計上の留意

本件建物はいわゆるピロティ型建物に該当する。
「建物の構造規定」では「共同住宅の用途に供する建築物の梁間方向のように連層耐震壁が主たる構造において、特定階を駐車場、店舗等の広い空間が要求される用途に併用するため、耐震壁のすべて、もしくは一部が当該階で無くなり、その階の水平剛性、水平耐力が急減する可能性が高い階を有する建築物」をピロティ階と呼んでいる。そして、「ピロティ型式に関する耐震設計上の留意点」を記載して、「ピロティ階を有する建築物は層崩壊を防止する条件でその設計を許容する。」としている。
また、本件運用開始文書には、「ピロティ型式の建築物に対する耐震設計上の留意点の取り扱い(RC,SRC)」として、「層崩壊形式に結びつく架構形式は原則認められない。」と記載されている。
そしてまた、「設計指針」においても、「ピロティなど壁の全くない階は鉄筋コンクリート造とすることはできない」とされている。

③一次設計での層せん断力係数の割り増し

「設計指針」は、「次の1から3に掲げるいずれかの条件に適合する建築物は、全層に亘り鉄筋コンクリート造とすることができる」とし、「2 高さが25mを超え31m以下の建築物(Ⅰ)」の満たすべき一条件として、「一次設計で層せん断力係数(Ci)を1.25倍以上とすること。ただし、引き抜き耐力の検討の場合はこの限りではない」等の要件を満たすべきものと定めている。
本件構造計算書においては、上記条件以外に、全層を鉄筋コンクリート造とするために「設計指針」が定めた条件を満たしたものはないところ、構造計算概要書によれば、水平力の構造諸元欄のうち、地震力の標準せん断力係数について、「Co=0.2X1.25倍」と、1.25倍に割り増しする旨表示されているが、地震層せん断力係数(一次設計用)(Ci1)については、1階の数値が「0.200」のままとなっており(上記標準せん断力係数に従えば、0.200X1.25倍=0.250となる。)、上記割り増し方法によっては、上記「設計指針」で定められた一次設計での層せん断力についての割り増しがなされていないこととなる。
すなわち、地震層せん断力係数は、
Z(地震地域係数)XRt(振動特性係数)XAi(i階の地震層せん断力係数の分布係数)XCo(標準せん断力係数)によって求められる数値であり(施行令88条)、本件構造計算における1階の層せん断力係数(Ci)は「0.200」あるところ、その算定の基礎となる数値である地震地域係数、振動特性係数及び1階の地震層せん断力係数の分布係数は「1.00」であるから、本件構造計算においては、標準せん断力係数を「0.200」として計算していることとなる。そうすると、本構造計算書で標準せん断力係数を「0.2X1.25倍」と表示しているものの、かかる標準せん断力係数の割り増しは、具体的に層せん断力係数を算定する過程にいて反映されていない。
また、本件構造計算書においては、設計用応力の割増しとして、地震荷重による応力をX方向及びY方向のいずれも1.25倍としており、また、1階の柱と梁については、本件プログラムによる一貫計算の中で部材断面計算がなされているため、一次設計での層せん断力の1.25倍の割増しがなされているものの、設計用応力の割増し前の応力計算により求められた数値を基として、手計算でされた1階の柱と梁以外の部材の断面計算、とりわけ、耐震壁の設計及び杭基礎の設計においては、地震荷重による割り増しという方法によっては一次設計の層せん断力係数を1.25倍以上とする割増し処理がなされていないこととなる。

④耐震壁の設計用せん断力(水平力)の割増し

建設省告示第1791号(甲15)第3の三は,「構造耐力上主要な 部分である鉄筋コンクリート造又は鉄骨鉄筋コンクリート造のはりの材端に生ずる曲げモーメントが,当該部分に生じ得るものとして計 算した最大の曲げモーメントと等しくなる場合において,構造耐力上主 要な部分である鉄筋コンクリート造又は鉄骨鉄筋コンクリート造の柱及 び壁の材端に生ずる曲げモーメントが当該部分に生じ得るものと して計算した最大の曲げモーメントを超えず,かつ,当該はり,柱及び 壁にせん断破壊が生じないことを確かめること」とし,これを受けた通 達(昭56住指発第96号)では,「各部材は,必要に応じて十分な靱 性を有するように留意すること。」としており,「耐力壁のせん断設計用せん断力は十分大きくするとともに,あ る程度のせん断補強筋を確保するなどに留意する必要がある。」と記述 している(同181頁)。 その具体化として,「Q&A集」では,本件設計ルートを含むルート 2の設計においては設計用せん断力に割増係数2.0以上を乗じること とされている(甲19,139頁)。 他方,「建築物の構造規定」の「付録1-7鉄筋コンクリート造に関 する技術慣行」(乙10の4)では,耐震壁のせん断設計について,耐 震壁のせん断強度を全体崩壊メカニズム時の耐震壁のせん断力に割増し 係数1.5以上の値を乗じて得られた値とする手法が紹介されている。 本件構造計算では,別紙2(緑色マーカー部分)のとおり本件耐震壁 の設計用せん断力に割増係数1.5を乗じている。

⑤枠柱のHOOP筋

本件構造設計における枠柱(耐震壁に接合する柱)のHOOP筋の規 格は,構造図では,別紙3(ピンクマーカー部分)のとおり「D10」 (甲1の4,S-14(柱リスト))であるのに対し,本件構造計算書 では,別紙2(ピンクマーカー部分)のとおり「D13」(甲1の5の 3,20頁)となっている。すなわち,本件構造計算においては,枠柱 について実際に用いる部材(D10)よりも強度の高い部材(D13) であるとして強度の計算がなされていることとなる。 「チェックリスト」には,「図面チェック上の留意事項」として,図 面種類「概要書」につき「各図面の内容が計算書と矛盾ないか。」と記 載されている。

⑥枠柱の鉄筋の本数

構造耐力上主要な部分である柱の構造については,建築基準法施行令 77条で細部にわたって規制されており,主筋の断面積の和を0.8% 以上としなければならないこと(同条5号)もその一つである。 「チェックリスト」では,「図面チェック上の留意事項」の一つとし て,図面の種類「柱リスト」については,「主筋のコンクリート全断面 積に対する割合は0.8%以上」との記載がある(甲17の1,85 頁)。 本件建築確認申請書の添付図書(甲1の4,S-14)である別紙3 「柱リスト」(青マーカー部分)によれば,本件耐震壁の枠柱の規格は 各辺が450㎜と650㎜の長方形であり,その断面積は2925c㎡ (450㎜×650㎜)であるから,上記法令に適合させるためには主 筋の断面積の和を23.4c㎡(2925c㎡×0.8%)としなけれ ばならないところ,本件構造設計で採用されている主筋の規格は「D1 9」で,その断面積は別紙4「鉄筋断面積表」(青マーカー部分)のと おり2.865c㎡であるから,主筋の本数は9本以上とする必要があ る。 しかしながら,本件耐震壁の枠柱の主筋は,別紙3「柱リスト」(青 マーカー部分)のとおり8本であるため,主筋の規格が上記のとおりで あることを前提とすると,少なくとも1本不足していることとなる。

⑦耐震壁の応力計算において採用する応力

許容応力度計算においては,応力計算によって求められた応力のうち, 各断面の種類ごとに最も不利な応力(最大応力)を代表させて断面を検 討し,これらの応力がすべて許容応力度以下となるように断面の大きさ や鉄筋量等を決めなければならない(甲60,6頁,甲74,8頁)。 しかしながら,本件耐震壁のうち「EW18」については,2階の断 面について計算された最大応力は別紙5(青マーカー部分)のとおり 「96.40」であるが(甲1の5の6の2,28頁,41頁),本件 構造計算において実際に採用された数値は,別紙2(青マーカー部分) のとおりせん断応力の最大値から2番目となる「79.09」であった (甲1の5の3,20頁,甲1の5の6の2,30頁,41頁,甲74, 8頁)。 また,本件耐震壁のうち「EW18A」については,最大応力が別紙 6(黄色マーカー部分)のとおり「128.14」であるが(甲1の5 の6の2,31頁,45頁),本件構造計算において実際に採用された 数値は,別紙2(黄色マーカー部分)のとおり「110.79」であっ た(甲1の5の3,20頁,甲1の5の6の2,35頁,45頁,甲7 4,8頁)。

⑧耐震壁の周囲の枠フレームの設計

「設計指針」には,ラーメン架構の分担率に関連して,「耐震壁の周 囲の柱及び梁等のいわゆる枠フレームの設計にあたっては,長期軸力の 5%程度を柱の設計用剪断力とする。」と記載されている(甲17の1, 119頁)。 しかし,本件構造設計では,本件耐震壁に枠フレームの設計がされて いない(甲59,7頁)。

⑨1階の柱のせん断耐力

建設省告示第1791号(甲15)第3の三は,構造耐力上主要な部 分である柱のせん断耐力について前記④のとおり定めている。 本件構造計算書の電算出力部分によると,1階の一部の柱(1C1) について,設計上要求されるせん断力の数値(設計用せん断力,以下 「QD」ともいう。)が別紙7(緑マーカー部分)のとおり「161. 2」,「151.6」とされているが(甲1の5の6の2,61頁), 本件プログラムにより正しく計算すれば,別紙8「正RC柱断面算定」 (緑マーカー部分)のとおり「334.4」,「313.6」とされな ければならない。 以上のとおり,1階の上記柱は法令上求められているせん断耐力が不 足していることとなる。これは,被告県の本件各検証において発見され た問題点である。

⑩2階の接合部のせん断耐力

構造計算のうち部材断面計算において,終局状態の許容せん断力を問 題とする項目である「Vju/Qdn」の数値は1.0以上でなければ ならない。 本件構造計算書の電算出力部分によると,2階部分の柱と梁の接合部 について,「Vju/Qdn」の数値は別紙9(緑マーカー部分)のと おりいずれも1.0以上とされているが(甲1の5の6の2,63頁), 本件プログラムにより正しく計算すると,別紙10「正RC接合部断面 算定」(緑マーカー部分)のとおり2か所で1.0を下回っている。 以上のとおり,2階の接合部の一部について,法令上求められている せん断耐力が不足していることとなる。これは,被告県の本件各検証に おいて発見された問題点である。

「争点」
(1) 建築確認審査における建築主事の建築主に対する注意義務

(原告主張)

ア  建築主事の過失により,本来されてはならない建築確認がされ,安全性 が確保されていない建築物が建築された場合,その建築物の建築主が被る 損害は,直接的かつ重大である。適切に建築確認審査がされていれば,こ うした建築主の損害を防止できたという関係にあることからすれば,建築 主事は,適正に建築確認審査を行い,建築主に不測の損害を被らせないよ うにする注意義務を負うというべきである。
イ  被告県は,建築基準法上,建築主の財産上の利益は保護の対象とされて いないとし,建築確認審査を法に基づき適正に行うことは,その建築確認 申請をした建築主に対する法的義務ではないとする。 しかしながら,建築基準法1条の文言,構造強度に関する規定を含む単 体規定の存在,大地震を経験するたび人命,財産保護が意識されて耐震性 について法改正が行われてきた経緯等に照らすと,建築主には安全性が確 保された建築物が提供されるべきであり,建築基準法上,個々の建築主の 財産的利益も保護されるというべきである。 また,国家賠償法の解釈上,法律の目的を抽象的に論じ,演えき的に結 論を導くべきではなく,その根拠となる法令に違反してされた当該処分又 は裁決により害されることとなる利益の内容及び性質並びにこれが害され る態様及び程度を勘案して,同法1条1項の適用の可否を判断すべきであ る。そして,上記アのとおり,建築主事の適切な建築確認審査により,建 築主の直接的かつ重大な損害を防止できたのであるから,建築主は同法1 条1項により保護されるべきである。
ウ なお,被告県は,本件建築確認申請をした原告が本件建築確認をした本 件建築主事の責任を追及する原告の本件請求は信義則に反すると主張する が,建築士制度と建築確認制度が協働して,建築基準関係規定に適合し, 安全性が確保された建築物を建築主に提供することが建築行政における法 の構造及び目的であるから,原告の本件請求は信義則に反しない。

(被告県の主張)
ア  公務員の公権力の行使が国家賠償法1条1項にいう違法と評価されるた めには,当該公務員が国民に対して負担する職務上の法的義務に違背して, 当該国民に損害を与えたと認められることが必要であるが(最高裁判所昭 和53年(オ)第1240号同60年11月21日第一小法廷判決・民集 39巻7号1512頁),建築基準法上,建築主の財産権は建築確認制度 による法的保護の対象に含まれないから,建築主事が建築主個人に対して 直接何らかの義務を負うことはなく,国家賠償法上,建築主事の建築確認 行為が違法と評価される余地はない。 建築基準法の目的は,建築物の規制を通じて国民全体の利益を保護する こと,すなわち,公共の福祉の増進にあり,国民個人の利益の保護を直接 目的としたものではないことから,国民個人,ひいては建築主個人に対し て,建築主事が職務上の法的義務を負担することはない。 仮に,建築基準法の目的が,国民個人の利益を保護することにあるとし ても,保護されるべき個人は,公権力が当該建築物の出現を阻止するとい う後見的役割を果たさなければ,その生命,健康及び財産が十分に保護さ れないようになる者,換言すれば,公益を侵害するおそれがあるような有 害建築物の出現を阻止する手段を有しない者に限られ,建築主の個別的利 益に属する財産権は,建築確認制度による保護の対象に含まれないという べきである。 すなわち,建築主は,建築確認(法6条1項),中間検査(同条の3第 2項)及び完了検査(法7条1項)の各申請をなす義務を負い,建築物の 安全性を確保する第一義的な義務を課されている。他方,建築士は,こう した建築主の依頼により設計及び工事監理などを行う者であるが,建築に 関する国家資格を与えられた者として,法律に従って業務を誠実に行い, 建築物の質の向上に努めなければならない責務を負うと同時に,法令又は 条例の定めに適合するように設計すべき責務も負うこととされている(建 築士法1条,2条1項,5項,6項,18条1項~4項など)。そうする と,国が建築士制度を定め,国家資格として建築士免許を付与するのは, 建築物の安全性が,第一義的に建築主及び建築士において確保されること を当然の前提としており,建築主は,設計者・工事監理者の選任に当たっ て,建築基準関係規定に適合した設計などを行うことができる十分な資質 と能力を備えた建築士を選任する責任を負うというべきである。 建築主である原告は,かかる責任を負い,かつ,本件建築確認申請をし ないことにより倒壊のおそれがある危険な建築物の出現を自力で防止でき たにもかかわらず,自ら危険と称する本件建築物の建築確認申請をしたの であるから,原告の財産上の利益は建築基準法による保護の対象に含まれ ないことが明らかである。
イ 原告の請求の信義則違反 本件構造設計は,平成設計との契約関係に基づいてB建築士が行ったも のであるが,原告は平成設計に本件建築物の設計・監理を委託したのであ るから,B建築士による耐震強度の偽装行為は,原告と一体関係にある者 の行為として,法的には原告の行為と同様に評価されるべきである。そう すると,原告自らが,公益の実現を目的とする行政権の行使を妨げ,又は 少なくともその負担を増加させるおそれがある行為をしたものと評価でき るのであり,こうした原告の個人的利益が保護されないことは信義則(ク リーン・ハンズの原則)上明らかである。

(2) 本件建築主事の注意義務違反及び過失
(原告の主張)
ア  建築主事の審査義務の具体的内容
(ア) 建築主事は,建築確認審査を行うに当たって,構造計算が,構造設 計(構造計画,計算方法の選択,適切なモデル化,計算結果についての 考察と検討等を行うという一連の行為)の一部分であることを認識しつ つ,構造計算を道具としながら,構造計画及びモデル化などに関する構 造設計者の考え方を把握しなければならない。その上で,構造設計が, 構造計画及びモデル化などに対応した必要な検討(計算と考察)が加え られており,構造設計全体について,法令が求める安全性が確保されて いるか否かを確認することとなる。 そして,建築確認審査を行う際には,建築確認申請書に添付すべきと される図書を手掛かりにし,状況に応じて,それ以外の資料の提出を求 めたり,設計者と質疑応答をしたりし,また,建築基準関係規定に具体 的に記述されていない部分については,その同規定の条項の趣旨を踏ま えつつ,社会的常識や信頼できる技術基準を参考にして,建築基準関係 規定適合性を判断することとなるが,「設計指針」(甲17の1)など の技術基準は,建築基準関係規定を補完し,具体化するものであって, 建築基準関係規定の内容をなすものであるから,それらの技術的基準適 合性の審査も必要となる。
(イ) 建築確認審査を行うに当たり,構造計算書の内容に関しては,構造 設計者の設計方針が貫徹されているか否かを確認するために構造設計の 要所をチェックすれば足りるが,構造計算については,ワーニングメッ セージの有無を確認するのみならず,その要所について問題点を発見し, 必要に応じて検算しなければならないものである。 なお,被告県は,構造計算書のうち大臣認定プログラムによる計算結 果の部分(本件電算出力部分)は,建築確認申請に当たって添付を要し ない図書であるから審査義務はないとするが,添付されている以上,添 付を要する図書と一体をなすものとして,少なくとも併せて検討する必 要があるというべきである。

イ 本件建築主事の注意義務違反(過失)
(ア) 梁間方向の耐震壁の評価の誤り及び境界梁の設計がされていないこ と 本件建築物は,2階以上を耐震壁のみで耐力を持たせようという構造 上の特徴を有し,本件耐震壁のあり方は本件建築物の構造強度に重大か つ直接関わる重要項目であるが,本件耐震壁につき,開口部分の左右の 壁が一体として挙動し,地震力に対抗する1枚の耐震壁として評価し, モデル化することは,構造設計,構造審査の上では,非常識とされてい る。 そして,本件耐震壁が1枚の耐震壁と評価して構造設計がされている ことは,本件確認審査に法令上添付が要求されている図書(甲1の4の うち伏図・軸組図,甲1の5の3,20頁など)からも容易に把握でき るから,建築主事は,これを設計者に問い質し(L43頁),構造設計 のやり直しを命じた上で,それに従わなければ建築確認をしてはならな かったものであって,それを怠って本件建築確認をした本件建築主事に は重大な過失がある。
(イ) 1階部分がピロティ型式であるにもかかわらず,その階での層崩壊 を防止する設計上の留意がないこと 本件取扱開始文書(甲64)に記載のとおり,ピロティ型式に関して 層崩壊を防止する設計上の留意がされているか否かは重要な審査項目で ある。 そして,本件建築物の1階がピロティ型式であることは,1階と2階 以降の応力の分担率(甲1の5の1,7頁)などから容易に把握できる ことである上,ピロティ型式の建築物を本件設計ルートで設計すること は困難であって,一般的にはルート3により対応することとなること (甲76)からすると,建築主事としては,ピロティ型式の建築物で本 件設計ルートの構造計算がされている本件構造設計に関して,その安全 性に疑問の目を向け,設計者に対し質疑応答を行った上で,設計者ない し申請者に対して層崩壊を防止する設計上の留意を求めるべきであった にもかかわらず,この点を見逃して本件建築確認を行った本件建築主事 には重大な過失がある。
(ウ) 1階の柱と梁以外について一次設計での層せん断力係数を1.25 倍していないこと 標準せん断力係数を1.25倍するとされていることと,1階の地震 層せん断力係数が「0.200」のままとされていることは,本件構造 計算書の同じ頁(甲1の5の1,5頁)に記載されていることであるか ら,本件建築主事は実際の入力条件を容易に確認し,上記問題点を発見 できたはずであり,これを見落としたことには重過失がある。
(エ) 耐震壁の設計用せん断力(水平力)の割増係数不足 本件耐震壁のせん断耐力は重要項目であるが,本件構造計算書のいわ ゆる手計算部分である本件耐震壁の設計部分(甲1の5の3,20頁) を見れば,前記第2の3(2)ウ(エ)のとおり設計用せん断力の割増係数 が1.5であり,「Q&A集」(甲19)が定める割増係数2.0に満 たず,割増係数が不足していることは一目瞭然であるから,この問題点 を見逃した本件建築主事には重大な過失がある。
(オ) 構造図と構造計算書とで枠柱のHOOP筋の規格が異なること 「チェックリスト」では,構造計算概要書の各図面の内容と構造計算 書の内容との同一性が図面チェック上での留意事項とされており(甲1 7の1,85頁),本件構造計算の結果と構造図との整合性は重大な確 認事項であるから,本件建築主事としては,その整合性をことごとく確 認すべきものである。 仮に,建築確認審査においては構造計算書のうち重要な部分のみをピ ックアップして確認すれば足りるとしても,本件耐震壁の確認は重要項 目であり,かつ枠柱は1種類しかないのであるから,本件建築主事とし ても容易に確認できることである。 したがって,上記問題点を見逃した本件建築主事には重大な過失があ る。
(カ) 枠柱の主筋が不足していること 本件構造設計については本件耐震壁の審査が重要であることからすれ ば,それを構成する枠柱の確認も重要事項となるのであって,その点は 「チェックリスト」においてもチェックすべき項目として掲げられてい る。 そして,本件構造設計については,確認すべき枠柱が1種類しかなく, 構造図(甲1の4)中の「柱リスト」(別紙3)を一目すれば,それが 法令の鉄筋量を充足しているかどうかに関して疑問を抱くはずであるか ら,建築主事としては枠柱の鉄筋量を手計算で確認すべきであったとい え,この問題点を見逃した本件建築主事には重大な過失がある。 (キ) 耐震壁の設計につき,せん断力として最大値から2番目の数値を採 用していること 許容応力度計算において最大のせん断応力の数値を採用すべきことは 構造計算の基本である上,この部分は,もともと大臣認定プログラムで の計算結果を拾い出して手計算に移る部分であり,人為的ミスが介在し やすい箇所である。特に,本件構造設計においては,本件耐震壁の設計 は重要項目であり,その審査方法としても,大臣認定プログラムでの計 算結果から最大値をざっと拾い出して照合すれば足りるのであるから, 最大値を採用していないことは容易に確認できた部分でもある。 したがって,この問題点を見逃した本件建築主事には過失がある。
(ク) 耐震壁の周囲に枠フレームの設計がしていないこと 耐震壁の設計に関する枠フレームの設計は,「設計指針」において要 求された重要事項であり(甲17の1,119頁),同文献に従った枠 フレームの設計がされていれば,構造計算書の手計算部分において,別 セクションとして表出されているはずであるが,本件構造計算書にその 部分はなく,枠フレームの設計がされていないことが明らかである。 本件建築主事としては,設計者に対し,枠フレームの設計がされてい ないことを指摘して本件構造計算を補正させるべきであったのに,それ をすることなく本件建築確認をしたのであり,この問題点を見逃した本 件建築主事には過失がある。
(ケ) 1階柱(1C1)のせん断耐力不足 上記問題点は,本件電算出力部分に関するものであり,本来的には建 築確認審査において何らかの計算がなされている部分のすべてを検算す るまでの必要はないが,本件設計ルートではせん断耐力の確認が重要事 項であり,かつ,本件構造設計において,柱と梁で耐力を持たせている のは本件建築物の1階部分のみであり,しかも,構造計算の結果が出力 された頁は別紙7のとおり1頁のみであり(甲1の5の6の2,61 頁),その頁のみで上記の点の検算が可能である。 そうすると,本件建築主事としては,上記問題点の部分も確認すべき であったのであるから,これを見逃したことに過失があるというべきで ある。
(コ) 2階接合部のせん断力不足 上記問題点も,本件電算出力部分に関するものであるが,前記(ケ)と 同様,本件設計ルートではせん断耐力の確認が重要であり,実際に確認 すべき箇所も少ないこと,加えて,「審査要領」において,鉄筋コンク リート造の建築物においては,柱と梁の接合部のせん断強度のチェック が必要であることが明記されていること(甲49,11頁)からすれば, 建築主事の審査義務として,本件建築物の2階の接合部のせん断耐力も 確認すべきであったのであり,これを見逃した本件建築主事には過失が ある。

(被告県の主張)
本件建築確認について,本件建築主事には建築基準法上の義務違反及び国 家賠償法上の過失はない。
ア 建築主事の審査義務の具体的内容
(ア) 建築確認は,法令等によって提出義務のある書面に基づき(したが って,本件電算出力部分は除かれる。),建築物が建築基準関係規定に 適合するかどうかにつき(法6条4項),基本的に裁量の余地のない確 認的行為として行われるものである。建築主事は,建築計画が建築基準 関係規定に適合すると判断した以上,確認するか否かについての裁量権 は有せず,建築基準関係規定に定めのない事項については建築士の責任 と工学的判断において決定されるべきものである。すなわち,建築確認 が羈束行為であることを考慮すれば,審査すべき部分は法令がそれを明 確に求めている内容に限られるというべきところ,建築基準関係規定は, 荷重や外力などの設計条件,材料強度などの計算の前提条件,計算上確 認しておくべき内容等,最小限の内容を定めているにすぎない。建築主 事による審査内容は,構造計算の前提条件に間違いがなく,法律上必要 な計算・検討がされているかどうかに限られるのであって,設計者の判 断に委ねられる計算過程の一つ一つが審査対象となることはない。 このことは,建築基準法施行令81条以下の構造計算に関する各規定 が「確かめること」(施行令82条3号,4号など),「計算したこ と」などと,設計者において適合させるべき基準を定めており,建築主 事が行うことは,設計者により「確かめられたこと」又は「計算されて いること」を確認するにすぎないとされていることからも明らかである。 この点において,原告が指摘する各種図書(甲16,17,18,4 9,65等)は,各種団体が,必ずしも見解の一致しない分野において, 自らが相当と考える内容を記載したものであって,記載内容と異なる考 え方も存在することを前提としており,その内容を遵守しなければなら ない法令上の基準を定めたものではないことからすれば,上記図書等が 建築基準関係規定の適合性を判断する際の基準になるものではない。 また,モデル化については,建築工学において,多くの方法が提案さ れ,定説が存在するわけではなく,計算式や計算方法を法律で規定する ことは不可能であり,建築に関する業務を独占して行う建築士の工学的 判断に委ねることがふさわしいということから,建築基準関係規定にそ の方法を定めていないのであり,モデル化の適切性については建築確認 審査の対象とはならない。 (イ) そして,建築確認の方法に関しても,前記のとおり,第一義的には, 建築主及び建築士の責任において建築物の安全性が確保されるべきとい う立場に立脚した上で,建築主事は,原則として法定審査期間21日以 内に確認審査をする旨定められていること(法6条4項)からすれば, 建築主事が建築確認申請書及びその添付図書の細部まで審査すべきこと を建築基準法が予定しているとはいえず,建築主事において,設計者が 行うような検算や引用元と引用先の照合など,上記関係図書をすべて確 認する義務を負担するものではないことは明らかである。

イ 本件建築主事の注意義務違反(過失)
(ア) 梁間方向の耐震壁の評価の誤り及び境界梁の設計がされていないこ と 本件耐震壁を1枚又は2枚のいずれで評価するか及び境界梁を設計す るかどうかは,建築基準関係規定に定められておらず,モデル化におけ る設計者の判断に委ねられるものであるから,その点につき建築主事が 審査義務を負うものではない。
(イ) 1階部分がピロティ型式であるにもかかわらず,その階での層崩壊 を防止する設計上の留意がないこと 本件構造設計において,ピロティ型式に関する設計上の留意が一切さ れていないということはない。 また,ピロティ型式に関しては,建築基準関係規定に定めはなく,本 件運用開始文書(甲64),「建築物の構造規定」(甲65)及び「設 計指針」(甲17の1)に記載されているとしても,それらの記載は建 築確認審査における基準とはならないから,建築主事はピロティ型式に 関する設計上の留意の有無を審査する義務を負わない。
(ウ) 1階の柱と梁以外について一次設計での層せん断力係数を1.25 倍していないこと 一次設計で層せん断力係数を1.25倍以上とすることについては, 建築基準関係規定に定めはなく,「設計指針」(甲17の1)に記載さ れているにとどまるのであって,「設計指針」に従うか否かは設計者の 判断に委ねられた事項であるから,上記記載は建築確認審査における基 準とはならず,建築主事は上記の点について審査義務を負わない。
(エ) 耐震壁の設計用せん断力(水平力)の割増係数不足 耐震壁の設計に当たって設計用せん断力に2倍以上の割増係数を乗じ るということは,建築基準関係規定に定めがなく,「Q&A集」(甲1 9)に記載があるとしても,耐震壁の設計用せん断力を割増しするか否 かについては設計者において判断すべき事項である。上記記載に従わな い設計がされていても建築基準関係規定に適合しないと判断することは できないのであり,建築主事はその点の審査義務を負わない。
(オ) 構造計算書と構造図とで枠柱のHOOP筋の規格が異なること 建築主事は,申請に係る設計が建築基準関係規定に適合したものであ ることを設計者により確認されているかどうかを審査すれば足り,書類 と図面とを照合し,その整合性を審査することまで,その責務として求 められてはいないのであって,上記の点の審査義務を負わない。 (カ) 枠柱の主筋が不足していること 建築主事としては,枠柱の主筋比につき,大臣認定プログラムによる 計算結果で0.8%を下回る旨のワーニングメッセージ等が表出されて いないか,又は設計者が手計算によるチェックが行っているかのいずれ かを審査すれば足り,枠柱の主筋比の検算等を行うべき義務はない。 本件構造計算書においては,本件電算出力部分にワーニングメッセー ジが表出されておらず,また構造設計概要書及び手計算部分には,上記 計算を大臣認定プログラムでは行っていない旨の記載はなく,同プログ ラムでの計算に代わる手計算の結果も記載されていなかったのであるか ら,建築主事が上記各記載により本件構造設計が柱の主筋比に関する法 令の基準を満たしていると判断しても,審査義務を尽くしており,建築 基準法上の義務違反はない。 (キ) 耐震壁の設計につき,せん断力として最大値から2番目の数値を採 用していること 建築主事は,建築基準関係規定に適合した設計をしていることを設計 者が確認しているかどうか,すなわち,手計算部分については,法令上 「確かめること」とされている項目についてのみ,また,設計者が計算 の中で必要な確認等をしていること(計算上「OK」となっているこ と)を構造計算書上で確かめれば足り,本件建築主事としても,この点 の確認は行っている。 また,せん断力の採用値の引用元である本件電算出力部分は,本件建 築確認申請書への添付が不要とされており,建築主事はその部分につい て審査義務を負わないから,原告の主張は失当である。
(ク) 耐震壁の周囲に枠フレームの設計がされていないこと 枠フレームの設計については,建築基準関係規定に定めのない事項で ある。「設計指針」においても,枠フレームに関する解説部分は,本文 の記述ではなく,「ラーメン架構の分担率」について解説した部分のな お書きで記載されているにすぎず(甲17の1,119頁),「建築物 の構造規定」(甲18)や「審査要領」(甲49)には,枠フレームに 関する記載はない。 以上のとおり,枠フレームの設計は「設計指針」が採用している考え 方の一つにすぎず,そのような設計を行うか否かは設計者の判断に委ね られているものであって,建築主事は枠フレームの設計の有無につき審 査する義務を負わない。
(ケ) 1階柱(1C1の柱)のせん断耐力不足 建築主事は,建築基準関係規定に適合した設計をしていることが設計 者により確認されているかどうかを審査すれば足り,設計者による計算 結果について検算する義務を負うものではない。 また,本件構造計算書において上記の点が記載されている箇所は,本 件電算出力部分であり,法令上,本件建築確認申請書への添付の必要は なく,そもそも建築主事が審査義務を負うべき部分ではないから,原告 の主張は失当である。
(コ) 2階の接合部のせん断耐力不足 「Vju/Qdn」という数値は,建築基準関係規定に定めのない基 準であるから,建築主事はその点につき審査義務を負わない。 また,上記の数値は,本件建築確認申請書への添付を要しない,本件 電算出力部分にのみ記載されているものであるから,建築主事はその点 につき審査義務を負わない。

(3) 被告総研らの不法行為責任
(本ウェブサイトでは省略)

「 当裁判所の判断 」
1 建築確認審査における建築主事の建築主に対する注意義務(争点(1))

(1) 建築確認制度の概要 建築確認制度は,一部の例外(法3条1項,6条2項等)を除き,建築物 の建築等の工事着手前に,その建築計画が建築基準関係規定に適合するもの であることを公の立場において確認することを骨子とする制度であり,その 概要は以下のとおりである。 建築主は,法6条1項所定の建築物の建築等の工事をしようとする場合に おいては,当該工事に着手する前に,その計画が建築基準関係規定に適合す るものであることについて,建築確認の申請書を提出して,建築主事の確認 を受け,確認済証の交付を受けなければならず(法6条1項),確認済証の 交付を受けた後でなければ,当該建築物の建築等の工事をすることができな い(同条6項)。 建築主事は,申請に係る計画が建築基準関係規定に適合しないことを認め たとき,又は申請書の記載によっては建築基準関係規定に適合するかどうか を決定することができない正当な理由があるときは,その旨及びその理由を 記載した通知書を所定の期限内に申請者に交付する(同条5項)。
(2) 建築確認制度における建築主,建築士及び建築主事の役割 建築基準法は,建築確認制度において前記(1)のとおり,建築主に対して 建築確認申請義務を負わせるとともに,建築主事をして建築確認審査事務を 担当させるものとする(法6条1項)。 他方,建築物の構造・規模・階数によっては,専門の技術を持っていない 者が設計や工事監理を行うと,安全な建築物が建てられない場合がある。そ のため建築士法では,建築士にしか設計と工事監理が行えない建築物を定め (建築士法3条~3条の3),建築基準法では,建築物のうち構造が複雑で あったり,大規模であったりするものについては,建築士の資格を有する者 が設計し,工事監理者とならなければならず(法5条の4第1項,2項), 建築確認申請に際しても,その作成した設計図書を申請書に添付させるもの とし,その要件を欠く建築確認申請は受理することができないと定める(法 6条3項)。 もとより建築主は,通常,建築の専門家でないから,大規模又は複雑な建 築物については建築の専門家である建築士の関与を必然のものとし,その上 で,同じく建築の専門家である建築主事においても建築基準関係規定適合性 を確認するものとしているのであって,建築士が関与すべきとされる建築物 については,建築基準関係規定適合性に関していわば二重のチェックを行う ものと言っても過言ではない。 これら建築確認制度に関わる関係者である建築主,建築士及び建築主事は それぞれ建築物の建築に対する関わり方が異なり,その役割についても異な るものであるが,その概要は以下のとおりである。

ア 建築主の役割

建築主は,建築物の建築計画の主体であり,その計画を実行するか否か を決定する立場にあり,建築基準法により建築確認申請のほか,中間検査 ・完了検査の各申請義務を負わされていることから,その限りでは,建築 主が安全性を欠く建築物を出現させないことについて第一次的な責任を負 うことを否定できない。 しかしながら,建築主は,通常,建築の専門家ではないから,一定の建 築物の建築に当たっては,専門家である建築士に設計及び工事監理を依頼 する必要があり,建築基準法も,そのような場合に建築士の関与を不可欠 のものとしている。 したがって,上記のような建築物の建築に際しては,建築主において, 建設業者との間で請負契約を締結するとともに,建築士との間でも何らか の契約関係に基づいて設計及び工事監理を依頼することは法の予定すると ころであるが,現実には,建築主には設計及び工事監理を依頼できる建築 士の知人などを有しないことが多く,建設業者が,建築主に,建築士又は その所属する建築士事務所を紹介することも珍しくはない。 建築確認申請についても,建築計画の主体である建築主が行うべきもの ではあるが,建築基準法令上,設計者である建築士が建築主を代理して建 築確認申請をすること(いわゆる代願)も認められており,実際にも,そ のような形で建築確認申請がなされる場合が少なくない。

イ 建築士の役割

建築士とは,建築士法に基づいて国土交通大臣又は都道府県知事が付与 する,建築に関する専門家としての国家資格であり,上記行政庁は毎年, 建築士の国家試験を実施し(同法13条),その合格者には免許を与え, 建築士事務所の登録制度(同法23条)により上記資格を管理している。 建築士法の目的は,「建築物の設計,工事監理等を行う技術者の資格を 定めて,その業務の適正をはかり,もって建築物の質の向上に寄与させる こと」であるが(同法1条),「ここで建築物の質とは,建築基準法で定 められている事項に関するものだけではなく,建築主や使用者にとっての 使いやすさや住み心地のよさ,また,周辺地域の環境との良好な関係など も含まれる」から,「建築士に期待される役割はきわめて重要」とされる (乙21,176頁)。 建築士の種別として,木造建築士,二級建築士,一級建築士という3種 が定められ(同法2条),それぞれ設計,工事監理等を行える建築物の範 囲が異なり(同法3条~3条の3),試験及び受験資格も異なるが(同法 14条,15条),いずれの建築士も,その責務として,「常に品位を保 持し,業務に関する法令及び実務に精通して,建築物の質の向上に寄与す るように,公正かつ誠実にその業務を行わなければならない。」などと定 められている(同法2条の2)。 ただし,建築士は通常,建築主との契約関係に基づいて,対価としての 報酬の約束の下に設計事務を業として行うという立場にあり,建築計画に おける建築主の目的をできる限り実現するために建築物を設計するという 役割を担っており,建築基準関係規定適合性は,建築士がその設計業務に おいて考慮する諸要素の一つにすぎない。

ウ 建築主事の役割

建築主事とは,「国土交通大臣または指定資格検定機関が行う建築基準 適合判定資格者検定に合格して登録を受けた市町村または都道府県の吏員 のうちから,市町村長または都道府県知事により任命され,建築などに関 する確認・検査などを行う担当者」(乙21,158頁)である(法4条 6項等)。 建築主事は,上記のとおり建築基準適合判定資格者検定に合格し,国土 交通大臣の登録を受けた者であるが,上記検定の受験資格として,「一級 建築士試験に合格した者で,建築行政又は第七十七条の十八第一項の確認 検査の業務その他これに類する業務で政令で定めるものに関して,二年以 上の実務の経験を有するもの」(法5条3項)とされており,建築士の区 分の中でも最も専門性の高い一級建築士の資格に付加する条件が定められ ている。 建築主事の行う建築確認審査は,建築主が建築確認申請をした建築計画 について建築基準関係規定に適合しているか否かを判断することのみであ って,たとえ公益に関する事情であっても,建築基準関係規定と無関係の 事柄を考慮して建築確認をするかどうかを判断してはならないとされてい る(覊束裁量)。 他方,建築主事は,公的な立場で建築確認審査事務を行うものであって, 建築確認申請をする建築主とは国民全体の奉仕者である公務員という関係 にとどまり,建築計画の目的の実現その他建築主の特定の利益に配慮する 必要はない。

(3) 建築主事の職務上の注意義務

前記(2)の建築確認制度に関わる関係者の役割を踏まえると,建築主とそ の他の者とは,建築の専門家であるか否かという点で明らかな差異があり, 法令上,建築士の関与が義務づけられている建築物に関する限り,法は建築 基準関係規定適合性の確保について,第一次的責任を負う建築主のみならず, 建築士及び建築主事に相当の期待を寄せていることを十分に看取し得る。 また,建築士と建築主事の各役割を比較すると,建築士は,敷地,周囲の 環境その他種々の条件的制約を受けつつ,建築計画に込められた建築主の要 望をできる限り実現し,併せて建築基準関係規定適合性を満たすという諸要 素の衡量の中で,時には困難な選択的判断を迫られるのに対し,建築主事は, 申請に係る建築計画について,専ら建築基準関係規定適合性という観点のみ から検討を加えることで足りるのであって,加えて,自ら設計事務を行うの ではなく,専らその審査事務を行うことにより,職務上,多数の設計につい ての経験を蓄積することができる立場にあることを踏まえると,建築基準関 係規定適合性に関しては,建築主事が建築士よりも,より深く検討し,より 適切な判断をなし得る立場にあることは明白であって,建築主事及びそのつ かさどる建築確認審査事務は,申請に係る建築計画について建築基準関係規 定適合性を確保し,危険な建築物を出現させないための最後の砦と言っても 過言ではない。 建築主事の検定の受験資格について,一級建築士の試験の受験資格よりも 厳しい条件を設けていることは,上記のような観点からも理解し得るもので ある。 したがって,違法な建築物の出現によって被害を被るおそれのある近隣住 民だけでなく,建築確認申請の主体である建築主においても,自身の建築計 画について,建築基準関係規定適合性に関する限りは,自身が設計を依頼し た建築士よりも建築主事に対して,より高い信頼(建築主事が建築確認をし た建築計画又は建築物は構造設計上安全であるとの信頼)を寄せたとしても 何ら不合理ではなく,そのような信頼は法的にも正当なものと評価すべきで ある。 以上からすると,建築主事は,そのつかさどる建築確認審査事務に関し, これに高い信頼を寄せて建築確認を申請する個々の建築主に対して,その信 頼に応えるべく,専門家としての一定の注意義務を負うことがあるものとい うべきである。

(4) 建築基準法の保護法益との関係

ア 建築基準法の目的は,「建築物の敷地,構造,設備及び用途に関する最 低の基準を定めて,国民の生命,健康及び財産の保護を図り,もって公共 の福祉の増進に資すること」(法1条)であるところ,被告県は,①建築 確認制度は国民個人の利益の保護を目的としたものではない,②仮に,個 人の利益が保護されるとしても,保護の対象は,生命,健康又は生活環境 上の利益に限られ,財産的利益は含まれず,③また,建築主は違法な建築 物の建築確認申請をしないことにより当該建築物の出現を自力で阻止する 手段を有することなどから,建築主の財産的利益は建築確認制度における 保護の対象ではなく,建築主事の職務上の法的義務は少なくとも建築主に 対して負うものではないなどと主張する。
イ しかしながら,以下のとおり被告県の主張は採用することができない。
(ア) 建築基準法及び建築士法のうち,建築物の建築の設計及び工事監理 に係る業務を建築物の規模,構造等に応じて建築士法に定める各資格を 有する建築士に行わせるべきこととする前記 (2)の各規定の趣旨は, 「建築物を建築し,又は購入しようとするに対し,建築基準関係規定 に適合し,安全性等が確保された建築物を提供することを主要な目的の 一つとするもの」とされており(最高裁判所平成12年(受)第171 1号同15年11月14日第二小法廷判決・民集57巻10号1561 頁参照),また,建築基準法の規定のうち容積率等の制限(法52条, 55条,56条)に関しては,「当該建築物の倒壊,炎上等による被害 が直接的に及ぶことが想定される周辺の一定範囲の地域に存する他の建 築物についてその居住者の生命,身体の安全等及び財産としてのその建 築物を,個々人の個別的利益としても保護すべきものとする趣旨を含む ものと解すべきである(最高裁判所平成9年(行ツ)第7号同14年1 月22日第三小法廷判決・民集56巻1号46頁等参照)ところ,荷重 ・外力などの衝撃に対する安全性を欠いた建築物の崩壊等により,周辺 の他の建築物についてその居住者の生命,身体及び財産としてのその建 築物に被害が直接的に及び得ることからすれば,上記各判例の趣旨は構 造耐力に関する規定(法20条)の保護法益の解釈に当たっても同様に 当てはまるものと解し得る。 したがって,建築基準法が個人の個別的利益を一切保護しないとする 前記①の主張,及び個人の財産的利益が保護の対象とならないとする前 記②の主張は,いずれも被告県の独自の見解というべきであって採用す ることができない。
(イ) 建築基準法は,荷重及び外力等の衝撃に対して安全な構造の建築物 が建築されることを当然の前提とし(法20条),建築確認審査におい ては,構造耐力に関する建築基準関係規定の適合性も確かめるべきもの である。 このように,建築基準法が,建築物について,その構造上の安全性の 確保を要請するのは,建築物が居住する者等によって利用され,また, 周辺には他の建物や道路等が存在しているから,建築物利用者や隣人, 通行人等の生命,身体又は財産を危険にさらすことがないような安全性 を備えていなければならない(最高裁判所平成17年(受)第702号 同19年7月6日第二小法廷判決・民集61巻5号1769頁参照)と いう建築物のもって有すべき性質に由来するものと解されるところ,そ のような居住者等に係る安全性の確保の観点からみれば,建築主自身の 利益であっても,直ちに建築基準法の保護の対象から除外されるという ことはできない。 そして,既に建築済みの建築物が構造上の安全性を欠く場合に,建築 主が安全性確保のための対策を余儀なくされて財産的損失を被るのは, 単に建築主のためのみならず,建築主以外の建築物利用者や隣人,通行 人等の生命,身体又は財産の安全性確保のためでもあるのであって,建 築主の上記財産的損失は,単純な個人の財産的損失にとどまらず,建築 主以外の関係者に係る安全性確保のために建築主が負担する財産的損失 という側面があることを看過すべきではない。 確かに建築主は,前記のとおり,安全性を欠く建築物を出現させない ことについて第一次的な責任を負い,通常は,構造上の安全性を欠く建 築物の出現を自力で阻止し得る立場にあるといえるが,上記の各点に照 らすと,建築物が構造上の安全性を有することに係る建築主自身の財産 上の利益について,これがおよそ建築基準法の保護の対象ではないとま でいうことはできない。したがって,被告県の前記③の主張も採用する ことができない。

(5) 建築主の建築主事に対する責任追及と信義則との関係

ア 被告県は,本件構造計算書における本件建築物の耐震強度の偽装は,原 告が設計・工事監理を依頼した平成設計が下請けとして使用したB建築士 が行ったものであるから,B建築士の上記行為は,設計業務に関して同人 と一体的関係にある原告側の者の行為であり,法的には原告の行為と同様 に評価されるべきであって,こうした事情のもとでは,信義則上,原告の 個人的利益は保護すべきではなく,原告の本件請求は認められるべきでは ないなどと主張する。
イ しかしながら,前記(2)のとおり,一定規模以上の建築物の建築工事は, 相当程度の知識及び実務経験を有し,かつ試験に合格した一級建築士によ る設計が要求されるところ(法5条の4第1項,建築士法3条1項3号, 4号),本件建築物もこれに該当し,一級建築士以外の者による設計が認 められていない。 建築,とりわけ建築物の構造耐力(法20条)は,構造力学も関連する 専門性の高い分野であり,高度の知識経験を有する者でなければ,建築物 の安全性が確保された設計を行うことは困難を伴うため,前記(4)イ(ア) のとおり,知識経験を有すると認められる専門家に建築物の設計作業を独 占させ,建築物の安全性を確保することとしたものと解される。そうする と,建築物の構造耐力についての専門的知識等を有しない通常の建築主が 上記の建築物を設計し,建築主自身において建築物の安全性を確保するこ とを法は予定していないというべきである。そして,建築主は,多数の一 級建築士の中から建築士を選択し,建築物の設計及び工事監理を依頼する ことができるのであるが,前記(2)のとおり,通常の建築主にとって一級 建築士の知人等を有しないことが少なくなく,また,建築に関する専門家 の国家資格として一級建築士制度が設けられ,試験,免許付与及び登録と いう形でその資格が管理されていることからすると,基本的には建築主に おいていかなる建築士を選択したとしても,安全性の確保された建築物が 建築されることを期待するのが当然であって,その期待は正当なものとし て保護されるべきである。そうすると,建築主自身が建築物の構造耐力に 関して専門的知識を有し,又は,建築物の構造設計に積極的に関与したと いうような特段の事情がない限り,設計者である建築士の行為を建築主の 行為と同視することはできないというべきである。
ウ 本件建築物は前記イのとおり一級建築士による設計が義務づけられた建 築物であるが,原告の経営者であるFは建築に関しては専門家ではなく, 自ら建築物の安全性を確保するに足りる専門的知見等を有していたとする 事情はうかがわれず,また,本件建築物の構造設計に積極的に関与したよ うな事実も認められない。 したがって,原告が建築主であり,本件建築確認申請の主体であること の一事をもって,信義則上,原告の損害賠償請求が禁じられるべきものと する理由はなく,本件請求が信義則違反であるとする被告県の主張は採用 することができない。

2 建築主事の審査義務の具体的内容(争点(2))

(1) 構造耐力に関する建築確認審査の内容
ア 法令等

建築確認審査とは,建築計画に係る建築物について建築基準関係規定適 合性を審査するものであるが(法6条1項),建築物の構造耐力,すなわ ち,「自重,積載荷重,積雪,風圧,土圧及び水圧並びに地震その他の震 動及び衝動に対して安全な構造」(法20条)に関しては,「建築物の安 全上必要な構造方法に関して政令で定める技術的基準に適合すること」 (同条1号)を審査し,一定の建築物についてはさらに,「政令で定める 基準に従った構造計算によって確かめられる安全性を有すること」(同条 2号)を審査するものとされている。 建築基準法施行令は,上記「政令で定める技術的基準」(法20条1 号)について第3章の第1節から第7節の2までにて(施行令36条1 項),上記「政令で定める構造計算」(法20条2号)について同章の第 8節にて(施行令81条1項)それぞれ定めるとともに,構造設計の原則 として,「建築物の構造設計に当たっては,その用途,規模及び構造の種 別並びに土地の状況に応じて柱,はり,床,壁等を有効に配置して,建築 物全体が,これに作用する自重,積載荷重,積雪,風圧,土圧及び水圧並 びに地震その他の震動及び衝撃に対して,一様に構造耐力上安全であるよ うにすべきものとする」(施行令36条の2第1項)こと,「構造耐力上 主要な部分は,建築物に作用する水平力に耐えるように,つりあいよく配 置すべきものとする」(同条2項)こと,「建築物の構造耐力上主要な部 分には,使用上の支障となる変形又は振動が生じないような剛性及び瞬間 的破壊が生じないような靱性をもたすべきものとする」(同条3項)こと などを示した上で,構造部材等(施行令第3章第2節)のほか,構造の種 別に応じた具体的規定(同第3節から第7節の2まで)を置いている。 構造耐力に関する上記法令及びその下部法令(建築基準関係規定)の適 合性を審査するに当たっては,構造設計の手順を踏まえて,建築計画や構 造計算に際してのモデル化等について,設計者の考え方を把握する必要が あり(甲49,13頁,L43頁,N38頁,39頁),また,建築基準 関係規定に記述される内容のみでは適合性の判断が困難な場合には,建築 基準関係規定の趣旨を踏まえつつ,社会的常識や信頼できる技術基準等を 参考にして,建築基準関係規定適合性を判断することとなる(甲49,2 頁,L36頁,37頁)。 上記の点につき,前記第2の3(2)イの関係資料の一つである「建築物 の構造規定」(乙10)には「法令の定める規定の精神や背景となってい る要求性能を解説」した部分(第2章)があり,「法令の解釈等はこの要 求性能を踏まえて行われることが望ましい」とされているほか,「法律に おいては,構造強度について,法第20条及び第21条の2つの条文があ る。具体的な技術的規定は,法第36条に基づいて施行令の規定に委任さ れている。さらに,その一部は建設大臣告示に委任されている。加えて, 各規定の運用,解釈等について建設省通達がある。また,構造解析法等は, (財)日本建築センターの諸指針や(社)日本建築学会の諸基準類が法令 としての拘束力はないものの,その技術的妥当性から建築確認等において 参考にされる場合がある。」との記述がある。

イ 審査の実情

本件建築主事その他被告県及び東京都の建築主事として建築確認審査事 務を担当した経歴のある者ら(証人L,同N,同D)は,構造耐力に関す る建築確認審査の実情について,以下のとおり述べている。
(ア) 建築確認審査は,一級建築士が構造設計を行った複雑な構造の建築 物についても,基本的には最長でも21日以内に審査を終えることが予 定されるなど(法6条4項),迅速な審査が要求されており,審査事務 を担当する建築主事が,申請に係る建築計画の中の構造設計をことごと く検討することは困難である。 建築確認審査は,設計者の設計作業を補完する審査を行うものであっ て,構造耐力(法20条)に関する部分に限定すれば,基本的には,建 築確認申請がされた内容が建築基準関係規定に適合していることを前提 とし,構造計算書について,電算出力部分が添付される場合には,ワー ニングメッセージ等の表出がないことを確認した上で,荷重・外力など の条件と断面算定等の結果などにつき部分的な抜き取り審査を行い,抜 き取った部分について設計者により適切にチェックされていることを確 認する作業を行うものである(乙13,19頁,24頁,N6頁)。
(イ) 他方で,建築確認審査は,基本的には,建築基準関係規定適合性を 判断するものであるから,「設計指針」(甲17の1)等に従わない構 造設計であったとしても,中身が妥当であり,建築基準関係規定に適合 している限り,そのとおり認めることとなるが(L19頁),少なくと も素人判断においても疑問を抱くような部分については,「例規集」そ の他の関係資料を参考にしつつ,場合によっては設計者に質問するなど の手段で疑問点の解消に努めている(乙19,14頁,15頁,L43 頁,N38頁,39頁,D9頁など)。 なお,本件建築主事は,設計者に対して質問を投げかけた後,その回 答を待つまでの期間は,上記建築確認審査の法定の期間に算入しないと いう考えで審査事務を行っていた(D10頁)。 もっとも,建築主事の設計者に対する設計内容の訂正等の求めには強 制力はなく,訂正を求めた箇所が建築基準関係規定に違反するものでな い限り,その求めに応じるか否かは最終的には設計者の任意に委ねられ ている。
ウ 前記イのような建築確認審査の実情に対して,原告は,建築主事として は,①「設計指針」その他の関係資料に記述された技術的基準への適合性, 及びモデル化の適切性についても審査すべきであり,②構造計算書のうち, 大臣認定プログラムでの計算結果部分(電算出力部分)についても,添付 されている以上は併せて検討する必要があり,③電算出力部分について, ワーニングメッセージの有無のみならず,要所について疑問点を発見し, 必要に応じて検算しなければならないなどと主張する。 しかしながら,「設計指針」等に記述されている技術的基準としては, 設計方法として考えられる多種多様な事項があり,建築確認行為の性質, 審査期間の制限等にかんがみれば,これらすべての技術的基準を満足する か否かの審査を要求することなどは非現実的というべきであるし,建築物 の構造すべてについてそのモデル化の適切さを審査することも,構造の要 所について検算等を行うことも困難である。また,大臣認定プログラムで の計算結果(電算出力部分)については建築確認申請書への添付を要しな いとした法令(前記第2の2(4))の趣旨からすると,添付されているか 否かによって建築主事の審査対象を異なるものとすることを想定している とは到底いえず,これらの点に関する原告の主張は採用することができな い。

(2) 構造計算の前提となるモデル化について

ア 建築工学は,技術的進歩の比較的早い学問分野であり,そのため建築行 政としても,建築工学に裏付けられた技術的進歩を積極的に取り入れて柔 軟に対処することを予定しており,建築基準法がその内容の定めの多くを 政令以下の下部法令に委任していることは,そのことを端的に表すもので ある。「審査要領」(甲49)のまえがきにおいても,「建築物の構造計 算方法,使用材料及び施工方法に関する技術の発展はめざましく,建築基 準関係規定のうち構造耐力に関する規定の適用にあたっては,とくにこの ようなケースが多」いとされている。 建築物の構造のモデル化については,法令上,その方法について特段の 規定が設けられているわけではない。しかしながら,構造計算によって建 築物の安全性を確かめるためには,建築物の構造を適切にモデル化した上 で構造計算を行うことが必要であり,設計者の独自の判断により実態に合 わない危険なモデル化を行えば,一見すると構造耐力に関する建築基準関 係規定に適合しているように思われても,実際には,建築物の構造が危険 なものとなってしまうのであり,そのような危険なモデル化を放置するこ とは,結局のところ,構造耐力の規制方法として,一定の建築物につき安 全性を確保するために構造計算を要求したこと自体を無意味とするもので ある。 したがって,建築基準法は,モデル化について,それを完全に設計者の 自由に委ねる考えではなく,一定の建築物につき構造計算により構造の安 全性を確かめることを定めた趣旨に照らし,建築の専門家としての国家資 格を有する建築士が備えているはずの建築工学に関する専門的知見を踏ま えて,適切にモデル化をなすべきことを期待しているのであって,建築士 の行ったモデル化が明らかに不適切であり,それが構造計算に重大な影響 を及ぼす危険なものである場合には,そのようなモデル化に基づいてなさ れた構造設計は実質的に構造耐力に関する建築基準関係規定に適合しない ものと判断すべきである。
イ 被告県は,構造計算の一過程である応力計算に関して建築基準関係規定 で定められているのは,「荷重・外力計算」の「荷重・外力」そのものと 「荷重・外力の組み合わせ」及び「部材断面算定」に用いる「許容応力 度」のみであり,その他の応力計算の方法やモデル化については法令に定 めがなかったことから,それらの点について建築主事の建築確認審査の内 容には含まれないなどと主張する。 しかしながら,前記アのとおり,建築の専門家としての常識的判断に照 らして明らかに不適切なモデル化によって,建築物の構造が危険なものと なるような構造設計上の問題点が生じており,建築の専門家である建築主 事が,通常の審査過程の中で上記問題点を認識し得るにもかかわらず,そ れを放置することが建築確認審査として許容されるとは到底解されず,被 告県の上記主張は採用することができない。

(3) 建築基準関係規定適合性の判断基準

ア 前記(1)のとおり,建築確認審査が原則として建築基準関係規定適合性 を審査するものであるとしても,建築主事が建築確認審査をなすに当たっ ては,建築基準関係規定に明示された技術的基準のみならず,一般的に通 用する技術的基準についても,建築基準関係規定適合性を判断するための 一要素として考慮すべきものと解される。 すなわち,建築物の構造設計に関して,その当否が解明されていない技 術的見解等が数多く存在すること自体は否定できないが,建築物の安全性 を確保するという観点から広く認められる一般的な技術的基準が存在する 場合には,特段の事情がない限り,それに従って構造設計をなすべきであ り,構造耐力に関する建築基準関係規定(法20条以下)もそのことを当 然の前提としているというべきである。 被告県は,建築基準関係規定に明示的な定めのない事項については,一 般的な技術的基準が存在したとしても,それに従う必要がなく,また,そ れに従わないで構造設計を行ったとしても何ら問題がないかのように主張 するが,建築基準法が構造耐力に関する定めのほとんどを下部法令に委ね ている趣旨に照らしても,建築士が一般的な技術的基準を無視して明らか に構造上の安全性を欠く建築物を設計することまで法令上許容されている などと解することはできず,被告県の上記主張は採用することができない。
イ 関係資料 前記第2の3(2)イの関係資料のうち,「建築物の構造規定」,「Q& A集」及び「審査要領」はいずれも,各種団体が刊行する文献ではあるが, その内容は,所轄官庁(国土交通省(旧建設省)住宅局建築指導課)や建 築主事の団体(日本建築主事会議)が監修しており,建築主事の審査事務 としての適切かつ統一的な運用を図るために必要な標準的取扱事項をまと めたものである(甲49)。とりわけ,「建築物の構造規定」については, 問い合わせ先を愛知県建築部建築指導課とする本件取扱開始文書により, 愛知県内の特定行政庁で構成される団体において,その運用を開始する旨 を広く公表しているのであって,いずれの文献も前記アの一般的に通用す る技術的基準を記述したものとして位置づけられるものである。 同様に,「チェックリスト」・「設計指針」(甲17の1)は,社団法 人愛知県建築士事務所協会が発行した文献ではあるが,愛知県建築部建築 指導課が監修し,これにより適切な構造設計を推進するなど,実質的には 被告県としての公式の運用指針を明らかにしたものであり(N41頁), 少なくとも愛知県内で建築される建築物に関しては,一般的な技術的基準 としての通用性を有するものである。 ウ 被告県は,前記イの各文献は,各種団体が建築工学に関する自らの専門 的知見を発表し,構造計画の策定や構造設計,さらには構造計算の方法に ついて具体的に提案しているものにすぎず,建築主事が建築確認審査にお いて上記各文献に記載された内容を建築基準関係規定適合性の判断に用い なければならないわけではないなどと主張する。 しかしながら,前記イのとおり,各文献は,建築物の構造設計について 安全性を審査する側(建築主事)の視点で編集されたものであり,また, その記述に含まれる技術的基準は一般的通用性を持つものであること,実 際に,被告県の建築主事において設計者に対して上記各文献に基づき建築 確認申請に係る設計の訂正を指示していること(乙29,17頁),建築 確認審査において設計に関する新しい考え方に対する疑問を解決する際に も使用されていること(D1頁)などに照らすと,上記各文献が建築確認 審査において建築基準関係規定適合性を判断する際の資料となり得ること は否定できず,とりわけ,「設計指針」は,被告県として推奨する構造設 計の指針であるから,被告県において建築確認審査事務を担当する建築主 事としては,上記各文献の記述内容に抵触する構造設計がされていること が明らかである場合には,その設計について,設計者の真意(設計意図) を確認するなど,「設計指針」に記述された構造設計の指針を活かすため に,何らかの措置を講じることが求められているというべきである。

(4) 建築主事の調査の義務

ア 以上からすると,建築主事としては,モデル化の当否についても一応審 査の対象とし,建築に関する専門家の常識に反するようなモデル化がされ ている場合には,少なくともその真意を設計者に確かめるべきであり,ま た,建築の専門家の間で一般的に通用する技術的基準に反するような構造 設計がされている場合も同様であって,そのような調査確認も建築確認審 査の一内容をなすものというべきである。
イ これに対して,被告県は,建築主事が行う建築確認が裁量の余地のない 確認的行為であることから,建築主事において建築計画が建築基準関係規 定に適合すると判断した以上,確認するか否かについて裁量権を有してお らず,建築主事に何ら義務違反はないとも主張する。 しかしながら,判例(最高裁判所昭和55年(オ)第309号,第31 0号同60年7月16日第三小法廷判決・民集39巻5号989頁)は, 「建築主事が当該確認申請について行う確認処分自体は基本的に裁量の余 地のない確認的行為の性格を有するものと解するのが相当であるから,審 査の結果,適合又は不適合の確認が得られ,法93条所定の消防長等の同 意も得られるなど処分要件を具備するに至つた場合には,建築主事として は速やかに確認処分を行う義務がある」としつつも,「建築主事の右義務 は,いかなる場合にも例外を許さない絶対的な義務であるとまでは解する ことができないというべきであつて,建築主が確認処分の留保につき任意 に同意をしているものと認められる場合のほか,必ずしも右の同意のある ことが明確であるとはいえない場合であつても,諸般の事情から直ちに確 認処分をしないで応答を留保することが法の趣旨目的に照らし社会通念上 合理的と認められるときは,その間確認申請に対する応答を留保すること をもつて,確認処分を違法に遅滞するものということはできない」として, 一定の限度で建築確認審査において建築主事が判断を留保することを許容 する。 これを前提とすれば,前記アのように建築に関する専門家の常識に反す るようなモデル化がされている場合や,建築の専門家の間で一般的に通用 する技術的基準に反するような構造設計がされている場合においては,建 築主事が,その疑問点を設計者に質問し,それに対する応答を待ち,その 間は確認処分を留保したとしても,社会通念上合理的と認められるもので ある。そうすると,上記のような特段の事情がある場合には,建築計画が 形式的に建築基準関係規定に適合するとしても,建築主事が直ちに建築確 認をしなければならないというものではなく,建築確認が確認的行為であ ることをもって,前記アの調査義務が否定されることにはならない。 したがって,被告県の上記主張は採用することができない。

3 本件建築主事の義務違反及び過失(争点(2))

前記1及び2を前提に,後記(1)の本件建築確認に関する審査状況を踏まえ て,後記(2)以下において本件建築確認における本件建築主事の過失の有無を 判断する。

(1) 本件建築確認申請等
ア 本件建築確認申請

前記第2の2(2)のとおり,本件建築確認申請は,建築主を原告,設計 者を姉歯建築士,設計事務所を一級建築士事務所である平成設計として平成 13年11月16日になされている。 建築主である原告は,Fその他役員及び従業員の中に建築の専門家がお らず(原告代表者11頁),本件建築確認申請に先立って平成設計との間 で本件設計等契約を締結するとともに,本件建築確認申請,確認済証受取, 建築工事届提出,中間検査申請手続,中間検査合格証受取,完了検査申請 手続,検査済証受取,取止・取下届提出,現場検査立会の各行為について 同日付けでC建築士に委任している(甲1の1の2)。 本件建築確認申請書に添付されたC建築士作成名義の設計図書のうち, 構造図は18枚であり,本件建築物の規模からすると,比較的構造図が少 なく(K3頁),耐震壁の枠柱が1種類しか存在しない(甲1の5の3, 20頁,N27頁)など,柱,梁等の種類も多くはない(甲1の4)。ま た,その構造も1階が完全なピロティ型式であり,2階から10階までが 耐震壁のみで耐力を持たせる構造であり,建築物としては単純な構造体で あった(K4頁)。
イ 本件建築主事 前記第2の2(2)のとおり,本件建築確認は,本件建築主事により平成 13年12月27日付けでなされている。 本件建築主事は,昭和45年4月に愛知県庁に入庁し,昭和48年1月 に一級建築士免許を取得し,翌昭和49年12月に建築主事資格を取得し た後,平成18年3月に愛知県職員を退職するまでの間,公共建築物の設 計,工事監理等に関する事務を所掌する営繕計画課及び営繕課に通算して 8年間在籍したほか,建築確認審査事務にも8年間携わっており,本件建 築確認をした当時の役職は知多事務所の建築課長であった。 本件建築確認当時,知多事務所においては,本件建築主事を含めて5人 の建築主事が建築確認審査事務を担当しており,その構成で平成13年度 には2000件以上の建築確認審査事務を行っていた(乙19,3頁)。
ウ 本件建築主事による建築確認審査 本件建築主事は,自身が建築確認審査を担当する建築確認申請書一式に は審査事務に関する備忘録としてメモ書きをすることが一般的であり,そ のようなメモ書きを見ればその申請書に対する審査内容について記憶を喚 起することができ,又はある程度推測できるが,本件建築確認申請につい ては,被告県が保存期間が経過した本件建築確認申請書一式を既に廃棄し ており,また,本件建築確認後に担当した建築確認審査の件数も相当数に 上るため,審査内容の詳細は覚えていないとしつつ,通常の審査手順を踏 まえて,本件建築確認申請に対する審査状況を以下のとおり述べている。
(ア) 本件建築確認申請書添付の各種図面(甲1の2~甲1の4)及び本 件構造計算書(甲1の5)を綴りから取り外した上で,建築確認申請書 の様式(第一面から第五面まで(甲1の1の1))の全体を眺め,申請 された建築物の建築計画をイメージした上で,内容の審査に進んだ。 建築確認申請書の様式に関しては,第一面において地番の誤りがあり, また,第三面から第五面にかけて集団規定に関する事項(容積率,建築 面積,延べ面積など)の誤りが存在することが判明したため,設計者に その旨伝え,意匠関係の正しい図面の提出を求めるとともに,関係箇所 の修正を求め,設計者により修正等がなされた(乙19,9~11頁)。
(イ) 次に,構造耐力以外の単体規定に関する事項の審査を行ったが,ま ず建築物のイメージをもとに,建築基準関係規定のうち適用される規定 を確認した上で,申請書の第四面(甲1の1の1,5頁,6頁)の建築 物概要及び第五面(同7~12頁)の「建築物の階別概要」を見ながら, 広げておいた各種図面の記載内容(一般構造,防火・避難,各種設備 等)について,建築基準関係規定適合性を審査した(乙19,11頁, 12頁)。
(ウ) その後,構造耐力に関する審査を行ったが,まず,広げておいた意 匠関係の図面に続いて,構造関係の図面をあらかじめ一通り目を通した 上で,それによって把握した建築物のイメージをもとに,構造設計概要 書(甲1の5の1,1頁,2頁)の内容等から,構造計算を試みた建築 物と申請書の様式や各種図面等に記載された建築物との同一性(建築物 の用途,工事種別,規模,階数,軒の高さ,構造型式など)を確認した (乙19,12頁,13頁)。 次に,構造計算に使用されたプログラムの種類,設計者が荷重・外力 等の計算上仮定した条件が建築基準関係規定で定められた数値等を使用 してなされているかどうか,採用された設計ルート及びそれにより求め られた計算結果が建築基準関係規定に適合しているかどうかを順次審査 した(乙19,13頁,D5頁)。 具体的には,構造設計概要書(甲1の5の1)及び構造計算書(甲1 の5の2)により設計者が仮定した荷重及び外力が建築基準関係規定に 適合するかどうかを,構造計算書(甲1の5の2)により本件構造計算 が大臣認定プログラムの一つである本件プログラムで計算されたことを, 構造設計概要書(甲1の5の1)により本件設計ルートを採用したこと を,二次設計の構造計算書(甲1の5の4,22~25頁)により同設 計ルートの採用が可能であることを,それぞれ確認した(乙19,13 頁,D5~7頁)。 その上で,与えられた条件に基づいた計算結果が建築基準関係規定に 適合するかどうかを確認した(D7頁)。その際,構造耐力上主要な部 分である柱,梁及び耐震壁などについて,構造計算書上で計算された計 算結果として算出された断面形状が建築基準関係規定に適合するか,構 造関係の図面と整合しているかを確認したが,柱,梁,及び耐震壁等に ついて隅々まで構造関係図と照合することは行わず,いくつかの箇所を 部分的に照合することにより確認を行った。部材断面計算結果の確認は, 断面設計部分(甲1の5の3)により行ったが,「柱の設計」,「柱, 大梁接合部の設計」,「大梁の設計」については,大臣認定プログラム である本件プログラムにより計算したものとされていたため,審査を行 っていない(乙19,14頁)。 なお,電算出力部分に関しては,最後に表出されるワーニングメッセ ージ等が表出されているかどうかのみ確認した(D9頁)。
(エ) 結局,本件建築確認申請書(副本)を見る限り,構造設計部分につい ては,本件建築確認審査の過程において訂正された点はない(D23頁)。

(2) 本件耐震壁のモデル化及び境界梁の設計

本件構造計算に当たって本件耐震壁が1枚としてモデル化されており,か つ,本件構造設計において,境界梁が配置されない設計となっていること (以下まとめて「本件モデル化等」という。)は,前記第2の3(2)ウ(ア) のとおりである。 また,設計者が構造計算に先立って行う建築物のモデル化が,一定の範囲 で建築確認審査の対象となることは,前記2(2)において説示したとおりで ある。 本件モデル化等は,本件耐震壁の設計状況(後記ア)からみて,建築の専 門家としての常識的判断に明らかに反するものであり(後記イ),かつ,本 件構造計算への影響の大きさ,すなわち,本件構造設計に係る本件建築物の 危険性にかんがみれば,実質的に本件構造設計が構造耐力に関する建築基準 関係規定に適合しないものと判断すべきであり(後記ウ),また,建築主事 が通常の審査事務において容易に発見し得べきものであり,それにもかかわ らず,本件建築主事が本件モデル化等を放置又は看過して,調査確認をしな いまま本件構造設計が構造耐力に関する建築基準関係規定に適合するものと 判断したことは,建築主事としての注意義務に違反するものというべきであ る(後記エ)。

ア 本件耐震壁の設計状況

本件構造設計においては,本件耐震壁の存在,すなわち2階から10階 までの梁間方向の内壁の一部及び外壁を耐震壁としていることは前記のと おりであるが,その具体的構造は以下のとおりである。
(ア) 耐震壁 本件耐震壁のうち,内壁の耐震壁(EW20,壁厚20㎝(甲1の4, S-17))の中央にはそれぞれ幅180㎝(有効巾は168㎝(甲1 の3の1,A-10~13))の廊下通りが存在し(甲1の4,S-1 0),廊下通りの左右の耐震壁(幅(厚さ)は各480㎝)を廊下通り の上部に位置する梁(G3)が繋いでいる(甲1の4,S-15)。 東側(バルコニー側)外壁の耐震壁(EW18A,壁厚18㎝)は, その中央に間口180㎝の非常口(甲1の4,S-10)が存在し,非 常口の左右の耐震壁を,非常口の上部に位置する梁(G2)が繋ぐ設計 である。 西側(階段側)の耐震壁は,その中央に間口約80㎝の非常口(甲1 の3の2,A25の屋外避難階段側片開きスチールドア部分参照)が存 在し,非常口の上部に位置する梁については,上記東側外壁の耐震壁と 同様の設計である(以下,耐震壁の開口部の上部に位置する梁をすべて 併せて「本件境界梁」という。)。 以上のとおり,本件耐震壁は,中央部分において,下部が掃き出し (床と同じ高さにあること)で,上部が本件境界梁のみで繋がれている という状態の開口部が2階から10階まで連続しており,廊下通り及び 非常口の左右の耐震壁は壁自体での繋がりがない状態である。
(イ) 境界梁(甲1の4,S-15) 本件耐震壁を繋ぐ本件境界梁の配筋状況等をみると,内壁の境界梁に つき,2階の境界梁(G3)は,断面が横45㎝×縦65㎝であり,上 端筋及び下端筋として「D25」(断面積は5.067c㎡)が各3本, 腹筋として「D10」(断面積0.7133c㎡)が2本,帯筋として 「D13」(断面積1.267c㎡)が20㎝間隔で,それぞれ配筋さ れている。3階から10階の内壁の境界梁(G3)は,断面が横20㎝ ×縦60㎝であり,上端筋及び下端筋として「D19」(断面積2.8 65c㎡)が各3本,腹筋として「D10」が2本,帯筋として「D1 0」が20㎝間隔で,それぞれ配筋されている。 東西の耐震壁の境界梁については,3階から10階の境界梁(G2) の断面が横35㎝×縦60㎝であるほかは,それぞれの階の内壁の境界 梁と同様である。
(ウ) 耐震壁のモデル化 以上のとおり設計されている本件耐震壁につき,本件構造計算上は, すべて1枚の耐震壁と評価するモデル化がなされている(甲1の5の3, 20頁,H39頁など)。

イ 本件モデル化等の問題性

本件構造計算において耐震壁を1枚と評価するモデル化は,開口部分の 左右の耐震壁が一体として挙動し,地震力に抵抗するものと把握すること を意味するが(甲59,3頁),現実の本件耐震壁は,上記のとおり,廊 下通り又は非常口により,外形的には壁自体の繋がりがなく,いわば分断 されている壁でしかない状態であって,同様の構造が2階から10階まで 連続しているのである。また,本件境界梁,とりわけ3階から10階まで の内壁の耐震壁を繋ぐ梁は,断面が小さく(D26頁),その配筋も少な い相当脆弱な梁であることからすれば,左右の2枚の耐震壁を一体化させ るような境界梁と評価することは到底できない(甲59,3頁,7頁,甲 60,7頁,甲61)。 本件耐震壁については,本件各検証の結果を踏まえた上で,被告県の建 設部建築指導課の立場から,Gにおいて,本件耐震壁を1枚とは常識とし て見られないと述べ(甲43,10頁),H及びIにおいて,本件耐震壁 は,壁が切れて梁しか残っていない状態であり(乙29,24頁),本件 境界梁に関して,「現実問題として,中廊下の部分については構造的な弱 点になるおそれが高い」(乙29,20頁,22頁),すなわち震度6強, 震度7のような大地震により廊下の梁部分がせん断破壊を起こすことが確 実であるとした上,本件耐震壁を分けて計算することが本来の方法で(同 24頁),2枚で検討してもらいたいとし(同36頁),本件耐震壁を1 枚と評価するモデル化により構造計算がなされたものについては,耐震強 度が1.0を超えていても指導することが正しいとも述べていること(同 23頁)なども併せ考慮すると,建築の専門家の常識的判断として,本件 耐震壁を1枚と評価するモデル化が不適切であることは明らかである。 そして,本件耐震壁を2枚と評価することで,本件建築物の梁間方向の 耐震強度は,「1.14」から「0.42」と大幅に減少して,法令の基 準(1.0)をはるかに下回るのであり,本件耐震壁を1枚の壁と評価し たことは,構造計算に重大な影響を及ぼし,本件建築物の構造設計におい て致命的な欠陥をもたらすものであるから,実質的にみて構造耐力に関す る建築基準関係規定に適合しないものというべきである。 ウ 被告県は,本件耐震壁を1枚と評価するか,2枚と評価するかに関する 基準は存在せず,どちらも採用し得る考え方であるし,境界梁についても 統一的見解は存在せず,設計者の工学的な判断に委ねられる事項であった から,本件耐震壁を1枚と評価し,かつ境界梁の設計をしていないことを もって構造耐力に関する建築基準関係規定に適合しないと判断することは できないと主張し,建築主事資格者ら(L,H,N及びD)も同旨を述べ る。
(ア) しかしながら,Hは,前記第2の2(6)アのFとの話合いの場におい て,梁間方向の補強は必要ないのではないかというFの質問に対しては, 本件耐震壁を1枚壁と見ることも可能と留保を付しながら,2枚と評価 すると強度が弱くなることが想定されることから,補強されるのであれ ば,梁間方向についても補強をしたらどうかと話した旨証言するものの (H17頁,26頁),実際は補強を勧めるに際し,本件耐震壁は,壁 が切れており,梁しか存在しないことなどから,分けて計画する方を推 奨する趣旨の発言もしていることからすれば(乙29,24頁,36 頁),H自身,本件耐震壁を1枚と見ることは容易ではないと考えてい たことがうかがわれ,同証言は信用することができない。 また,Lは,本件耐震壁のような場合,梁間方向の耐震壁を1枚とし て設計していた設計者が多数派であったことなどが「指定確認検査機関 の確認物件から抽出したマンション等103件の調査」の結果などから 明らかなどとも陳述するが(乙13,32頁),当該建築物の具体的な 構造,抽出方法,建築確認の経緯など,その調査の詳細等は明らかとさ れていない。加えて,本件耐震壁の評価方法による耐震強度への影響が 強く(0.72の差異が生まれる),Hらが,本件耐震壁を1枚と評価 する考えもあるとしながら,構造的な弱点になるとし,本件耐震壁の部 分につき補強をひたすら勧めている状況などからすれば(乙29,20 ~26頁),倒壊を含め,建築物に与える危険性が非常に高い耐震壁の 評価方法について,その危険性をあえて無視して,耐震壁を1枚の壁と 評価することが多数派であることを首肯し得るほどの十分な根拠は見当 たらず,同陳述を直ちに信用することはできない。
(イ) 以上のとおり,構造計算に先立つ建築物のモデル化が一般的には設 計者の工学的判断に委ねられているとしても,本件耐震壁を1枚と評価 してモデル化することは建築の専門家としての常識的判断に反する明ら かに不適切なモデル化であって,かつ,これにより本件構造計算に重大 な影響を及ぼし,法令が求める耐震強度が確保されない危険な構造体で ある本件建築物が設計されているのであるから,このようなモデル化の 当否は,それが通常の建築確認審査事務の過程で把握され得るものであ る限り,建築確認審査の対象となると認められるものである。したがっ て,被告県の前記主張は採用することができない。

エ 本件建築主事の過失

(ア) 鉄筋コンクリート造の建築物について,耐震壁の評価方法は,本件 建築物の地震による倒壊の危険性を基礎付ける重要部分である(甲59, 1頁)。本来建築物が有すべき耐震強度は「1.00」以上であるが, 本件耐震壁の評価によって,本件建築物の耐震強度は,梁間方向におい て「1.14」(1階柱)から「0.42」(6階梁)となるところ, 本件耐震壁の評価が重要であることは,本件建築物が,2階から10階 までを耐震壁によりすべての耐力を支える構造であることから直ちに認 識でき(甲59,2頁),かかる特徴的な構造は,意匠図の平面図(甲 1の3の1,A-10~13),立面図(同A-15,A-16),及 び確認審査においても披見する構造図(伏図及び軸組図など(甲1の4, S-6,S-7,S-10))から容易に把握できる(K3頁,4頁, D23頁)。
(イ) ところで,本件耐震壁を1枚と評価して構造設計がされていること は,耐震壁の設計に関し,「EW20」及び「EW18A」のスパン長 が「11.40m」とされていることから読み取ることができるが(甲 1の5の3,20頁),同設計部分は建築確認審査の対象となり(D3 2頁),通常の審査をもってしても,本件耐震壁が1枚と評価されてい ることを理解できるものである(H39頁)。他方で,本件耐震壁には 非常口又は廊下通りが存在することは,上記伏図ないし軸組図から確認 することができ,同伏図や軸組図からは少なくとも絵の上で壁が切れて いるように見える上(D25頁,26頁),意匠図,軸組図などから境 界梁が細いことも明らかである(甲59,3頁)。そして,本件耐震壁 を繋ぐ梁の幅や断面が小さく本件耐震壁を1枚の壁として評価すること が常識的な判断とはいえないことは,前記イのとおりである。
(ウ) 以上の事実関係のとおり,本件建築物の構造上,本件耐震壁の在り 方が耐震強度に与える影響は極めて重大である。すなわち,本件構造設 計上,1枚と評価されている本件耐震壁が2枚と評価されることにより, 本件建築物は,耐震強度の数値上,本来必要とされる数値(1.0)の 半分以下(0.42)の建築物となるのであって,本件構造設計におい て,本件耐震壁について適切な設計をなすよう特段の配慮が要求される。 そして,上記のような本件構造設計における本件建築物の構造の特徴, 本件耐震壁の間の廊下通り等の存在及び本件耐震壁の評価方法は,伏図 ないし軸組図などの構造図から明らかであって,このことは建築主事の 通常の確認審査事務においても当然に把握されるはずの事柄である。 構造設計に関する建築確認審査は,基本的には申請された建築計画に つき構造耐力に関する建築基準関係規定適合性を審査するものであると しても,一級建築士の国家資格を取得して建築基準適合判定資格者検定 に合格した,相応の専門的知見を有する建築主事が行う審査であるから, 本件建築確認申請書に添付された設計図書のうち,適切な境界梁の設計 がなく,本件耐震壁が分断されていることをうかがわせる本件構造図な どの所見により,本件耐震壁を1枚と評価することに対する重大な疑義 が当然に生じるはずであり,本件耐震壁を1枚と評価することが建築の 専門家としての常識的判断に明らかに反するものといえることからすれ ば,少なくとも本件建築主事としては,設計者に対し,本件耐震壁の設 計その他本件モデル化等に関して,そのような構造設計により本件建築 物の安全性を保つことが可能であるとする根拠等を問い合わせるなど, 一定の調査をなす注意義務があったというべきである。
(エ) しかるに,証拠上,本件建築主事が,本件モデル化等に関して,設 計者に対する問い合わせやその他何らかの調査をしたことをうかがわせ る事情は存在せず,結局のところ,かかる調査をしなかったものと認め られるから,本件建築主事は前記注意義務に違反したものと認めること ができる。

(3) 1階部分がピロティ型式であること

本件建築物がピロティ型建築物で,1階部分がピロティ階であること, 「建築物の構造規定」(甲65),本件取扱開始文書(甲64),「設計指 針」(甲17の1)などにピロティ型建築物の構造設計に関して一定の記述 がなされていることは,前記第2の3(2)ウ(イ)のとおりである。 また,上記関係資料のうち「建築物の構造規定」が,建築の専門家間で一 般的に通用する技術的基準を明らかにしていること,本件取扱開始文書が, 被告県内の特定行政庁において「建築物の構造規定」の運用を開始すること を公表する趣旨の文書であること,「設計指針」が,被告県においてなす建 築確認審査のうち,建築物の構造設計に関して公式の運用指針を明らかにす るものであって,愛知県内で建築される建築物に関し一般的に通用する技術 的基準を示すものであることは,前記第3の2(3)イのとおりである。 そして,以下のとおり,本件建築物の1階部分をピロティ階とする設計は, 一般的に危険な構造と理解されているにもかかわらず,設計上の留意が十分 になされておらず,上記関係資料に記述された技術的基準に反するものであ り(後記ア~エ),被告県において建築確認審査事務を担当する建築主事と しては,本件建築物の構造設計の上記特徴及び上記技術的基準も当然に把握 すべきであるから,本件建築主事が上記設計を放置又は看過して,調査確認 をしないまま本件構造設計が構造耐力に関する建築基準関係規定に適合する ものと判断したことは,建築主事としての注意義務に違反するものというべ きである(後記オ)。
ア 本件建築物は,2階から10階までの梁間方向の外壁(EW18A)及 び間仕切り壁を除く内壁(EW18),並びに桁行方向の外壁(EW1 8)が耐震壁として設計されるなど(甲1の4,S-9,S-10),2 階から10階まで耐震壁が連続して配置され,他方,1階部分は,耐震壁 が一切存在せず,柱と梁のみによって耐力を持たせる構造となっている (甲1の4,S-5)。すなわち,本件建築物は,2階から10階まで連 層耐震壁(1構面において全階のおおむね8割以上の階に連続して存在す る耐震壁の部分(甲17の1,124頁))が設計されている一方,1階 は,耐震壁が全く存在しない構造(ピロティ階)であって,ピロティ型式 の建築物である。 「ピロティ型建築物の中でもピロティ型共同住宅建築物の被害は,19 95年兵庫県南部地震における特徴的被害のひとつ」であり,それら被害 建築物の多くは,「ピロティ階において,直上の耐力壁を支持する単独柱 (以下,これを「ピロティ柱」という)の軸力変動が非常に大きくなる1 スパンの建築物で,ピロティ柱の曲げ降伏またはせん断破壊によるピロテ ィ階への過度の変形集中を生じる層崩壊メカニズムにより崩壊に至った」 とされている。ここで,軸力変動とは,構造部材の材軸(構造物を形成す る柱,梁などのように断面の大きさに比べ長さの長い部材に対して断面の 図心を通るように設定した軸)方向に作用する力が変動することであり, これによる水平変形の程度は,「3層建築物の1階で2.3倍以上」であ る(以上につき甲65,389頁)。
イ(ア) 「建築物の構造規定」は,上記大震災の被害の実態調査を踏まえて, 「剛性が他の階に比較して相対的に小さい階を有するような建築物の設 計は,①「入力エネルギーをすべてその階で吸収する」,②「ピロティ 柱の変形能を十分に確保する」,ことで可能であろうが,これらを現行 の規定ではカバーしきれないため特別の検討を行い安全性を確認せざる を得ない。現行規定の枠内でピロティ階を有する建築物を設計するため には,その階での層崩壊を防止する。」として(甲65,389頁), 現行の建築基準関係規定の下で安全性を確認するため,ピロティ階での 層崩壊を防止するための「特別の検討」を求めている。
第1に,層崩壊防止の方策として,「建築物の特定部分に過度の変形 が生じないよう耐力壁等を適切に配置すること。また,変形が集中しや すい階を有する場合には,荷重増分解析等の方法により,建築物の塑性 化後の挙動を確認するとともに,当該階の構造部材に十分な強度及び靱 性を確保すること。」が示され,その解説として,「構造設計において は,場合に応じて常に設計上安全側となるような工学的判断が要求され るが,このような建築物においては,壁の剛性の評価,崩壊形の判定, 想定するメカニズムを保証するための部材設計等において非常に高度な 判断が要求される場合が多分にある。従って,これらの建築物では,崩 壊等に結びつく過度の変形が特定の階に生じないことを荷重増分解析等 の方法により確認しておくことが望ましい。」と説かれ,ピロティ階の 層崩壊に結びつく避けるべき架構方式と,ピロティ階で層崩壊しない推 奨する架構方式とがそれぞれ図で例示されている。
第2に,ピロティ階におけるピロティ柱及び耐震壁の設計につき, 「ピロティ柱の設計は,柱上下端で曲げ降伏となるように設計する。こ れらの曲げ強度算定用の軸力はメカニズム時のものとする。また,これ らのせん断設計はメカニズム形成までに生じうる最大のせん断力に対し て余裕をもって行う。」とし,その解説の中で,「余裕をもって」設計 することにつき具体的方法及び数値を挙げて説明されている。
第3に,ピロティ階の直上直下の床版の設計について,「ピロティ階 の直上,直下の床スラブは,十分な剛性及び強度を確保する。」として いる。 (イ) 「審査要領」は,前記アの震災を受けて,平成7年建設省告示第1 996号により改正された建設省告示(昭和55年建設省告示第179 1号)第3により,ピロティ型式の建築物の構造設計について,本件設 計ルートである「ルート2-3では設計は困難となり,一般的にはルー ト3で対応することになる。」とし,「建築物の構造規定」で次の点を 留意する必要があるとされているとして,「審査においてこれらを参考 にする。」ことを求めている(甲65,76,L55頁,56頁)。
① 変形が集中しやすい階を有する場合は,適切な解析方法により,塑 性化後(部材などに外力を作用させたときに生じる変形が,外力を取 り除いた後に,もとの状態に完全に戻らない状態)の挙動を確認する。
② 当該階の部材には十分な強度とじん性を確保する。
③ 当該階で層崩壊しないような架構形式とする。
④ 架構形式に応じて必要な検討を行う。
⑤ ピロティ柱は,メカニズム形成までに生じ得る最大のせん断力に対 してせん断破壊しないようにし,柱上下端で曲げ降伏するように設計 する。
⑥ ピロティ柱の軸方向力は,原則として,当該柱の引張耐力の0.7 5以下,圧縮耐力の0.55以下とする。
⑦ ピロティ柱の構造は,中子筋を配筋するなど,変動軸力や曲げ降伏 後の変形等に対応する構造詳細とする。
⑧ ピロティ階の直上,直下の床スラブは,十分な剛性と強度を確保す る。
(ウ) 「設計指針」は,連層耐震壁を有する建築物について,「ピロティ など壁の全くない階は鉄筋コンクリート造とすることはできない。」と する(甲17の1,124頁)。
(エ) 前記(ア)及び(イ)の関係資料(抜粋部分)は,大震災の被害実態に かんがみて定められた,建築物の構造の安全性を確保するための設計に 関する一定の技術的基準であって,建築物の崩壊メカニズムも分析,解 明されているなど建築工学上の根拠を十分に有し,一般的に通用する内 容のものといえる。 また,前記(ウ)の定めは,被告県において,前記(ア)の「構造設計に おいては,場合に応じて常に設計上安全側となるような工学的判断が要 求されるが,このような建築物においては,壁の剛性の評価,崩壊形の 判定,想定するメカニズムを保証するための部材設計等において非常に 高度な判断が要求される場合が多分にある。」という点を踏まえた現実 的な結論として,鉄筋コンクリート造の建築物の構造設計について,よ り具体的に指針を示したものと理解される。 ウ しかしながら,本件建築物は前記のとおり2階から10階まで連層耐震 壁を有する建築物であるが,耐震壁を一切有しないピロティ階である1階 を含めて鉄筋コンクリート造の構造であり,この点において「設計指針」 に明らかに反するものである。 また,本件建築物は,ピロティ階である1階の層崩壊を防ぐため,ピロ ティ柱である1階の柱の補強が必要とされ(K18頁,19頁),当該柱 が十分な剛性及び強度を有していないことがうかがわれ,ピロティ階が層 崩壊しないような架構形式となっているとはいえず,部材に十分な強度が あるともいえないなど,「建築物の構造規定」が定め,「審査要領」にお いても建築確認審査において参考にするよう求めている設計上の留意点を 満たすものとは到底認められず,この点において上記技術的基準に反する ものである。
エ 被告県は,本件建築物の1階柱は,他の階の柱と比較して,その断面, 主筋の規格が大きく,せん断補強筋についても,帯筋の間隔が狭く,中子 筋が配筋されるなど,一定の設計上の留意がされている旨主張するが,そ れらは前記各関係資料が求める設計上の留意として十分とはいえない。 すなわち,本件建築物がピロティ型建築物で,1階については耐震壁を 一切有しないピロティ階であるという構造上の特徴を有することは前記ア のとおりであるが,ピロティ型建築物の危険性が認識され,前記イの各関 係資料においてピロティ階の設計に当たっての留意事項が記載されるに至 ったのは,建築物に対して甚大な被害を及ぼした前記アの大震災の被害実 態調査の成果を踏まえてのものである。 そうすると,上記各関係資料が記述する設計上の留意事項は,ピロティ 型建築物を現行法規において例外的に許容するため,安全側への設計上の 配慮として相当高度なものを求める趣旨に解するべきであり,「設計指 針」が,連層耐震壁を有する建築物につき,ピロティ階を鉄筋コンクリー ト造の構造とすることを例外なく禁じているのも,その設計思想を同じく するものであって,被告県が指摘する程度の設計上の配慮をもって「設計 指針」の明示的な定めに反することが許容されるとは到底解し得ないとこ ろである。 したがって,被告県の上記主張は採用することができない。
オ 本件建築主事の過失
(ア) 本件建築物の1階部分が耐震壁を全く有しない完全なピロティ階で あることは,確認審査においても審査の対象とする構造図によって容易 に把握できることであり(K3頁,4頁),ピロティ階である1階が鉄 筋コンクリート造であること(甲1の1の1),本件設計ルートによっ て設計がされていること(建設省告示第1791号第3の三)は,本件 建築確認審査において当然の前提として認識すべき事項である。 「建築物の構造規定」は,その本来の性質はともかく,本件運用開始 文書によって,愛知県内の特定行政庁における建築確認審査事務におい て運用を開始する旨公表されていることからすると,その内容は,前記 イ(ア)の部分を含めて,本件建築確認申請の審査を担当する建築主事に おいても,その職務を遂行するに当たって当然に把握しておくべきもの である。 「審査要領」は,建築行政の所轄省庁の建築確認関係担当部署におい て監修された,建築主事による建築確認審査事務のためのいわゆるマニ ュアルであり,その内容は,前記ア(イ)で引用されている「建築物の構 造規定」の内容を含めて,本件建築確認申請の審査を担当する建築主事 においても,その職務を遂行するに当たって当然に把握しておくべきも のである。 「設計指針」は,前記2(3)イのとおり,愛知県内で建築される建築 物の設計に関して,被告県が公式の運用指針として示したもので,上記 の限りでは一般的に通用する技術的基準であるから,被告県の建築主事 としては,その職務を行うに当たって当然に内容を認識,把握しておく べきものである。
(イ) 前記(ア)によれば,本件建築物の構造設計のうちピロティ型建築物 としての問題点については,本件建築確認審査の中で,構造耐力に関す る建築基準関係規定適合性を判断するに当たって当然に審査対象とされ なければならず,建築主事の職務上の注意義務の内容をなすものである。 そして,ピロティ階の設計上の留意の有無は,実際に起きた大災害の 貴重な教訓として建築物の倒壊の危険性が確認されたことによる設計上 の重要な注意事項というべきものであり,本件建築物は,耐震壁が一切 ないピロティ階を有する建築物であるから,とりわけ設計上の留意が必 要となる特徴的な構造の建築物である。 したがって,建築に関する専門的知見を有する建築主事としては,本 件建築物の構造設計の特徴を構造図等により的確に把握し,それが前記 各関係資料に反する設計であることを認識した上で,構造上の危険を回 避する設計上の留意がなされているか否かを調査確認することはもちろ ん,被告県の運用指針として連層耐震壁を有する建築物のピロティ階は 例外なく鉄筋コンクリート造の構造とすることを禁じていることを適切 に理解し,設計者に対して,上記設計の真意,すなわち,安全性確保の ための設計上の留意の有無及びその内容を問い質すなどの調査をなすべ き具体的注意義務を負っていたものというべきである。
(ウ) しかるに,証拠上,本件建築主事が,本件構造設計におけるピロテ ィ型建築物に関する問題点に関して,設計者に対する問い合わせやその 他何らかの調査をしたことをうかがわせる事情は存在せず,結局のとこ ろ,かかる調査をしなかったものと認められるから,本件建築主事は前 記注意義務に違反したものと認めることができる。

(4) 1階の柱と梁以外の一次設計での層せん断力の割増し

本件建築物が,その構造の種別及び高さにより,「設計指針」で一次設計 の層せん断力を1.25倍以上とするよう求められていること,本件構造計 算において,1階の柱と梁以外の部材の断面計算につき上記処理がなされて おらず,とりわけ耐震壁の設計及び杭基礎の設計において同様であることは, 前記第2の3(2)ウ(ウ)のとおりである。 また,「設計指針」が愛知県内で建築される建築物に関する限り,一般的 に通用する技術的基準を記述したものであり,一般的には「設計指針」の内 容が被告県において建築主事がなす建築確認審査における判断基準として用 いられるべきであることは,前記2(3)イのとおりである。 本件構造計算は,耐震壁の設計に関して「設計指針」の上記の定めに反す るものであり(後記ア及びイ),本件構造計算書につき具体的発見がさほど 困難ではないが,前記2(1)イのように迅速な審査を要請する法令の趣旨を 踏まえると,上記の点について本件建築主事に具体的注意義務違反があった ものということはできない(後記ウ)。
ア 構造設計の一次設計の手順は前記第2の3(1)イ(ア)のとおりであり, 本件構造設計が採用する本件設計ルート,又は本来採用すべきであったル ート3のいずれであっても,構造計算は,①対象建築物のモデル化による 架構の認識,②剛性計算,③鉛直荷重(固定荷重,積載荷重等)の計算, ④地震力の計算,⑤風圧力の計算,⑥応力計算,⑦設計ルートの判定,⑧ 設計用応力(代表的な断面に発生している応力を設計に統一的に採用する こと。),⑨断面算定(部材算定)の段階を経るのであり,耐震壁の設計 及び杭基礎の設計は⑥で計算された応力の数値を基になされる。 本件構造計算書では,電算出力部分の「 (7)設計用応力の割増し」の 「4)地震荷重による応力」の項目において,層せん断力係数1.25倍を 乗じた数値を別途入力して計算するものとされているが(甲1の5の6の 1,15頁),これは,上記⑧から⑨に至る時点で割増しをすることを意 味するものであり,手計算によって設計されている耐震壁の設計及び杭基 礎の設計については,1.25倍の割増しが反映されていないことは,前 記第2の3(2)ウ(ウ)のとおりである。 なお,「設計指針」は,一次設計で層せん断力係数(Ci)を1.25 倍以上とすることを要求するところ(甲17の1,120頁),かかる層 せん断力の割増しを一次設計のどの過程ですべきかは明示していないが (K28頁),そもそも「設計指針」が上記の処理を求める趣旨は,建築 物の耐震強度につき安全側に余裕を持たせるためであるから,構造設計に おいて,一部の部材のみに上記処理をすれば足りるものとは到底解されな い。 したがって,少なくとも耐震壁の設計において層せん断力係数につき1. 25倍とする処理がされていないことは,「設計指針」に反するものであ る。
イ 他方,「設計指針」が一次設計における層せん断力係数を1.25倍する ことを要求するのは地上部分だけであって,杭基礎については層せん断力を 1.25倍とすることまで要求していないと解されるから,本件構造設計の うち杭基礎部分について層せん断力を割増ししていないことは「設計指針」 に反するものではない。 これに対して,原告は,杭基礎の設計においても層せん断力係数を1.2 5倍しなければならないと主張するが,建築基準法施行令88条は建築物の 地上部分の層せん断力係数に関してのみ規定しており,「設計指針」の構成 を見ると,「第2 構造計画の基本的事項」として具体的に掲げる「4 構 造形式」の項目においては,「地上階の構造形式」をいかなる構造とするか という点に関し,「第3 構造設計要領」の各項の条件(層せん断力係数を 1.25倍とするという項目も含まれる。)を満足させるか否かということ と関連させて記述されていることなどからすると,層せん断力係数を1.2 5倍するという点も建築物の地上部分のみを対象とするものと解されるとこ ろである。 したがって,杭基礎の設計においても,層せん断力係数の割増しを要する という原告の上記主張は採用することができない。
ウ(ア) 前記アのとおり,本件構造設計においては,耐震壁の設計において層 せん断力係数を1.25倍していないのであるが,このことは本件構造計 算書においても,本件構造設計の水平力に関する書面(甲1の5の1)の 標準層せん断力係数(Co)が「0.2×1.25倍」,1階の層せん断 力係数(Ci)が「0.2」と記載されていることのほか,地震地域係数 (Z),振動特性係数(Rt)及び1階の地震層せん断力係数の分布係数 (Ai)の所見から,同一の頁に記載されている内容が矛盾するものであ るという意味では,発見がさほど困難であるとはいい難い。
(イ) しかしながら,本件構造計算書においては,形式的にではあるが,標 準層せん断力係数を1.25倍する旨が表示されており,前記2(1)イの とおり,迅速な審査を要請する法令の趣旨に照らし,通常の建築確認審査 における限られた時間の中で,確認申請書類をことごとく審査することは 困難であることなどを考慮すれば,耐震壁の設計において層せん断力が実 質的に1.25倍されていないことを看過したことをもって,本件建築主 事に具体的注意義務違反があったと断ずることはできない。

(5) 耐震壁の設計用せん断力(水平力)の割増し

建設省告示第1791号及び通達に基づき,「建築物の構造規定」では鉄 筋コンクリート造の建築物についてルート2で設計する場合には耐震壁の設 計用せん断力を大きくとることを求めており,その具体的数値として,「Q &A集」では割増係数2.0以上という具体的数値が記述されていること, 本件構造計算においては,本件耐震壁の設計用せん断力の割増係数が1.5 とされていることは,前記第2の3(2)ウ(エ)のとおりである。 また,「Q&A集」が,建築の専門家の間で一般的に通用する技術的基準 を記述したものであり,一般的にはその内容が被告県の建築主事がなす建築 確認審査における判断基準として用いられるべきであることは,前記2(1) イのとおりである。 本件構造計算は,本件耐震壁の一次設計において割増係数1.50が乗じ られているにすぎないから,「Q&A集」の上記定めに反するものであるが (後記ア),通常の建築確認審査の過程で,本件構造計算書につき上記の問 題性を発見することが容易ではなく,上記の点について本件建築主事に具体 的注意義務違反を認定することはできない(後記イ)。
ア 被告県は,「建築物の構造規定」において,全体崩壊メカニズム時の耐 震壁のせん断力に割増係数1.5以上の値を乗じることとされていること から(乙10の4),必ずしも割増係数を2.0以上とする必要はないと 主張する。 しかし,「建築物の構造規定」の上記記載は,二次設計の性能を担保さ せる趣旨のものであり(L47頁),一次設計である本件耐震壁の設計と は,その場面を異にする。「建築物の構造規定」の上記記載に従う場合に は,全体崩壊メカニズム時の耐震壁のせん断力に1.5以上の割増係数を 乗じることとされており,本件構造計算のように,終局時ではなく短期の 数値(常時の固定荷重,積載荷重による応力に,地震,暴風,積雪などの 非常時の荷重による応力を組み合わせた応力の数値。施行令82条)によ りせん断耐力を計算する場合には,慣例的に2.0を使用することとなる のである(乙29,35頁,K16頁)。 そうすると,「建築物の構造規定」に上記記載があることをもって, 「Q&A集」の上記定めを排除し得るものではなく,被告県の上記主張は 採用することができない。
イ 前記アのとおり,本件耐震壁の設計に関して,「79.1」,「110. 8」等の数値が用いられ,一次設計用のせん断力として割増係数1.5が 適用されていることは,相応の注意力をもって本件構造計算書を審査すれ ば把握できるはずであり,「Q&A集」を参照し,上記問題点を発見する ことは可能ということができる。 しかしながら,そのためには本件電算出力部分から転記元(甲1の5の 6の2,30頁,41頁など)を探し出す必要があるが,そのような転記 元の確認は通常の建築確認審査における時間的制限の下では決して容易で あるとはいえない。また,本件構造計算書には本件電算出力部分が添付さ れているが,本件構造計算においては大臣認定プログラムである本件プロ グラムを用いているため,本来は本件電算出力部分の建築確認申請書への 添付を要しなかったのであり,たまたま本件電算出力部分が添付されてい ても建築主事の審査の対象とはならないことは,前記2(1)ウのとおりで ある。加えて,前記2(1)イのとおり,建築確認審査が構造計算に関して は基本的にサンプルチェックの方法により行われていることなどを考慮す れば,設計用せん断力の割増係数の問題を看過したことをもって,本件建 築主事に具体的注意義務違反があったものと判断することはできない。

(6) 枠柱のHOOP筋の規格

枠柱のHOOP筋の規格が,本件建築確認申請書の添付書類のうち構造図 と本件構造計算書とでそごしており,本件構造計算が,実際に用いられたH OOP筋よりも強度の強い規格のHOOP筋であることを前提に計算されて いることは,前記第2の3(2)ウ(オ)のとおりである。 また,「チェックリスト」が,建築確認審査に関する被告県の公式の運用 方針を明らかにした図書であり,その中に「図面チェック上での留意事項」 として,構造計算概要書の内容と構造計算書の内容の矛盾の有無が挙げられ ていることは,前記第2の4(2)イ(オ)にて原告が指摘するとおりである。 しかしながら,構造計算概要書の各図面の内容と構造計算書の内容の整合 性を網羅的にチェックすることは困難であって,そもそも建築確認審査にお いて建築確認申請書及び添付書類のすべての内容を確認すべきものとは到底 いえないことからしても,上記のような網羅的なチェックを建築主事の審査 義務の内容と解することはできない。 したがって,上記問題点を看過したことをもって,本件建築主事に具体的 注意義務違反があったものと判断することはできない。

(7) 枠柱の主筋の本数

建築基準関係規定(施行令77条5号)によれば,柱の主筋は,その断面 積の和が柱の断面積の0.8%以上でなければならないこと,本件耐震壁の 枠柱の主筋の断面積の和は23.4c㎡でなければならないが,本件構造設 計では,22.92c㎡(主筋の断面積の0.078%)であって,上記規 定に反していることは,前記第2の3(2)ウ(カ)のとおりである。 また,「チェックリスト」が,建築確認審査に関する被告県の公式の運用 方針を明らかにした図書であり,その中に「図面チェック上の留意事項」と して「柱リスト」につき主筋のコンクリート全断面積比が挙げられているこ とは,前記第2の4(2)における原告の指摘のとおりである。 上記の問題点は,本件建築確認申請書の添付書類の一つである「柱リス ト」(甲1の4,S-14)等を確認した上で,上記柱の断面積及び鉄筋の 断面積の和を計算することにより発見することが可能である。 しかしながら,本件耐震壁の枠柱の断面積及び主筋の断面積の和はいずれ も,本件構造計算書その他本件建築確認申請書(添付書類を含む。)に直接 記載されているわけではないから,建築主事においていわゆる検算をしない 限り,上記問題点は明らかとならない。建築確認審査において,構造計算に 関して何らかの計算がなされている箇所は,手計算部分に限っても多岐にわ たるから,通常の建築確認審査の過程(前記2(1)イ)で,そのすべての箇 所を検算することは不可能ないし非現実的であり,上記のような網羅的なチ ェックを建築主事の審査義務の内容と解することはできない。 原告は,主筋の断面積比を確認すべき枠柱は1種類しかなく,そもそも枠 柱の断面積比は重要事項であるから,いわゆる抜き取り検査の対象にすべき である旨主張するが,記載上一見して何らかの疑問が生じる箇所でない限り, 上記のような検算を建築主事に要求することは不適切というべきであって, 原告の上記主張は採用し得ない。 したがって,上記問題点を看過したことをもって,本件建築主事に具体的 注意義務違反があったものと判断することはできない。

(8) 耐震壁の設計につき,採用しているせん断力の数値

本件耐震壁の設計に当たって,せん断力として最大値(最大応力度)を採 用すべきところ,2か所で2番目の数値を採用していること,これが構造計 算の基本的考え方に反するものであることは,前記第2の3(2)ウ(キ)のと おりである。 上記問題点は,本件構造計算書のうち耐震壁の設計部分(甲1の5の3, 20頁)と本件電算出力部分(甲1の5の6の2,28頁,30頁,31頁, 35頁,41頁,45頁)とを比較することにより発見することが可能であ る。 しかしながら,そもそも本件建築確認申請には電算出力部分の添付を要し ないから,本件建築確認申請書の添付書類の中に電算出力部分が含まれてい ても,これを建築主事において審査すべき義務はなく,原告の主張するとお り,本件構造設計の審査における重要事項であるとしても,上記のとおり本 件電算出力部分との対照比較を要する上記問題点を当然に確認すべきものと はいえないし,通常の建築確認審査の過程(前記2(1)イ)において,手計 算部分のすべてについて最大値の洗い出し等の作業を要求することも不適切 である。 したがって,上記問題点を看過したことをもって,本件建築主事に具体的 注意義務違反があったものと判断することはできない。

(9) 耐震壁の周囲の枠フレームの設計

「設計指針」においては,耐震壁の周囲の柱及び梁等のいわゆる枠フレー ムの設計に当たって,長期軸力の5%程度を柱の設計用せん断力とすること が要求されていること(甲17の1,119頁),本件構造設計においては, 本件耐震壁につき枠フレームの設計がなされていないことは,前記第2の3 (2)ウ(ク)のとおりである。 また,「設計指針」が,建築確認審査に関する被告県の公式の運用方針を 明らかにした図書であり,被告県の建築主事としては,建築確認審査をなす にあたって建築基準関係規定に適合するか否かの判断基準として用いるべき であることは,前記2(3)イのとおりである。 上記問題点は,本件構造計算書に枠フレームの設計に該当する箇所がない ことから,発見することが可能であるといえなくもない(甲59,7頁)。 しかしながら一般的に,提出された書面の積極的な記載から疑義が生じる 場合と異なり,記載がないことを疑問視するのは必ずしも容易ではない。 なお,上記問題点は,本件耐震壁の評価につき常識的な設計がされてない などから容易に分かることであるという意見もあるが(甲59,7頁),本 件耐震壁の在り方と枠フレームの設計とは直接的に結び付く問題ではないこ とからすれば,上記意見は採用することができない。 以上によれば,上記問題点を看過したことにつき,本件建築主事に具体的 注意義務違反があったものと判断することはできない。

(10) 1階柱(1C1)のせん断力

本件構造設計において,本件プログラムの計算結果が偽装されており,本 件構造計算書では,1階柱(1C1の柱)の設計用せん断力が「161. 2」,「151.6」とされているが,正しく計算すれば「334.4」, 「313.6」となって,その結果,上記柱が法令上要求されるせん断耐力 を有していないことは,前記第2の3(2)ウ(ケ)のとおりである。 しかしながら,上記問題点は,被告県の本件各検証と同様に,本件プログ ラムにおいて正しく数値を入力して改めて計算することによって判明するも のであり,建築確認審査の性質上,本件構造計算書のうち本件電算出力部分 につき,使用されている大臣認定プログラムにより検算することを要求する ことは明らかに不適切であるから,上記問題点に関して,本件建築主事の具 体的注意義務違反を見出すことはできない。

(11) 2階接合部のせん断耐力

本件構造設計において,本件プログラムの計算結果が偽装されており,本 件構造計算書では,2階の柱と梁の接合部のせん断耐力につき,終局状態の 許容せん断力を問題とする項目である「Vju/Qdn」の数値がいずれも 1.0以上となっているが,正しく計算すれば,2か所で1.0を下回る部 分があり,その結果,2階の上記接合部が法令上要求されるせん断力を有し ていないことは,前記第2の3(2)ウ(コ)のとおりである。 しかしながら,上記問題点は,被告県の本件各検証と同様に,本件プログ ラムにおいて正しく数値を入力して改めて計算することによって判明するも のであり,建築確認審査の性質上,構造計算書のうち電算出力部分につき, 使用されている大臣認定プログラムにより検算することを要求することは明 らかに不適切であるから,上記問題点に関して,本件建築主事の具体的注意 義務違反を見出すことはできない。